佐賀町日記

林ひとみ

樟 薔薇 エトセトラ

昨年12月、佐賀へ旅した際に、

拾ってきた樟/くすの実。

佐嘉神社の境内の大木から、

ぽこん、ぽこん、と落ちてきた、

紫色の正露丸のような、堅い実。

それを3つ4つお土産に、

江東区佐賀町の家のベランダの鉢に入れたら、

1か月もしないうちに芽がでた。

そのうちの2つから発芽したけれど、

1つはすぐに萎れてしまい、

のこった1つは今10㎝くらいに育っている。

小さいけれど、存在感のある樟の幼木。

毎朝、水をあげるのがとても楽しみで、

この場所で生きることを気にいってくれたら、

とてもうれしい。

ここは昔、あなたの故郷の佐賀湊に似た、浅瀬でした。

 

3月初めにいただいた薔薇の切り花、

花が枯れても、葉は元気で、

長らく花瓶のなかで生きていたので、

6月に入ってすぐ挿し木してみたら、

1週間くらい逡巡したのち、

しっかりと根づいてくれた。

それからはものすごい勢いで葉をつけて、

日々その生命力に驚くばかり。

5年ほど前に同じようなことがあった時には、

土の管理の不手際で枯らしてしまったので、

今度は慎重に見守ってゆきたい。

 

いのちはみんな生きたがっている。

葉をひろげて、花をひらいて、実をつけて、

精いっぱい生きている。

その本質はよろこび、といいたくなる。

 

ベランダの仲間たち、

クチナシは今かぐわしい花の盛り、

ひと月前に花を終えたリラも伸びのび、

鳥の運んできた種から

2mにまでなったトウネズミモチの花も咲いている、

元盆栽のけやき、アルテピアッツァ美唄のミント、

古いご近所さんにいただいて挿し木したゼラニウム

あと何かの種を植えたんだけれど、

何だか忘れてしまったまま成長中の木、

それからいつの間にか生えてきた幼木などなど、

賑やかな仲間たち。

みんな仲よくしてくれたらいいな。

 

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生藤山

6月に入ってすぐ、

東京と神奈川の県境にまたがる

生藤山/しょうとうさん990mへ登った。

色々なコースがとれるなかで、

今回は檜原村の北斜面のコースを選んだ。

 

メトロの始発にのり、

中野駅でJRに乗りかえて西へ。

休日のこの時間帯、

徹夜明けのアルコールのにおいと、

登山客の入り混じる車内のちぐはぐな雰囲気にも、

だいぶ慣れてきた。

武蔵五日市駅で山仲間のアキさんと合流、

登山人の長蛇の列のできた

数馬行き7:10発のバスでさらに西へ45分、

上川乗/かみかわのりバス停で下車、

お手洗いとストレッチをすませて、

登山道入り口を目指す。

うぐいすの鳴声がほんとうに見事、

燕の群れが嬉々として旋回している。

ところが行けども行けども登山口につかない。

勾配のある車道を30分ちかく進んだところで、

不安になって引きかえしてみると、

作業用の軽トラックに目をとられて、

見おとしていたらしい入口がみつかった。

気をとりなおして山道へ、8:50。

赤土は前夜の雨で湿っている。

熊に逢わないように鈴を鳴らす。

道迷いのおかげで体があたたまり、

足どりは軽く、呼吸も深い。

しばらく行くと艶やかな赤土色の蛇と出遭う。

性格はおとなしそうで、後で調べてみると、

ジムグリという蛇の成体のようだった。

日本の固有種で、山の守り神みたいな雰囲気。

60分ほど登ると浅間峠の分岐にでて、

大きな夫婦杉とささやかな祠にご挨拶、

歩きやすい尾根道を60分ほど、

栗坂ノ丸879mを過ぎて熊倉山966mに着く。

終りかけの山つつじがきれい。

黒紫色の大きな蝶が舞っている。

さらに軍茶利山970mと三国山960mを過ぎて、

短いけれど急な岩場を楽しくよじ登り、

生藤山に着いたのはちょうどお昼頃だった。

ずいぶん早いようだけれど、

ひぐらしみたいな蟬が鳴いている。

おむすびをほおばる。

帽子に大きなトンボがくっついている方がいらして、

びっくりして話しかけると、虫よけだという。

きけば青梅在住、多摩100山を半分くらい登っていて、

同時に日本100名山にもチャレンジされているらしく、

いろいろな山の話をきいて楽しい。

お先に!といって「ブラックサンダー」という

チョコレート菓子をいただいて、

山で食べるととても美味しい。

標高があり冷えてきたので、

ウインドブレーカーを羽織って先へ進む。

すこし行くとコースのピークの茅丸1019mに着く。

いちめんの緑に、白やピンクの花が見わたせて、

平和そのものの雰囲気に、歓びがこみあがる。

ここに来れてよかった。

連行峰の分岐を柏木野バス停の方面へ折れ、

ひたすらなだらかな下りを2時間。

山頂で冷えを感じて以来、

違和感のあった左の膝と脚の、

痛みが徐々に強くなってくる。

ペースを落として、大事大事に下り、

なんとかバス停に辿りついてよかった、14:50。

11km/6時間のコースは、

この日の私には負担が大きかったようだ。

水天宮前駅に戻ったのは17:40頃、

階段を下るのがこんなに辛いのは初めて。

念入りにストレッチをしたけれど、

ふくらはぎの筋肉痛はおよそ3日間つづき、

膝は1週間経てもまだ不安定。

 

山用品のお店の方に相談してみると、

膝サポーターとストックを利用すると、

ずいぶん違いますよと教えてもらった。

さっそく整体師のいとこに聞いて、

ZAMSTのサポーターを購入。これからも元気に、

あちこち冒険や探検を楽しめますように。

 

お土産にした

檜野原村の舞茸とスナップエンドウ

バターソテーとサラダにして食べて、

とっても美味しかった。

ありがとう。

詩 5月

みどりの5月

ふくらむ光

 

森に入れば

なお明るい

 

葉っぱはたべる

赤 と 青

 

緑は てとてと

まわりだし

 

木のうえの

星は たかたか

おっこちる

 

ころがる神話の

笛の音

 

とてり たねり 

青虫は

 

葉っぱの緑と

みえない紫

 

たべている

 

わたしもたべる

 

岩波文庫

赤 青 緑

白 黄色

 

ぶだうの蔦で

織られた目録

 

ひと繰り ひと繰り

いつのまに

 

了ってしまった

まあるい5月

臼杵山

広島でG7のサミットが開催されるなか、

東京のあきる野市と檜野原村にまたがる、

臼杵山/842mへ登った。

 

水天宮前駅5:16の電車に乗り、

西武新宿線とJRを乗り継いで、

およそ2時間で武蔵五日市駅に着く。

山仲間のアキさんと合流し、

藤倉行のバスで約25分、

元郷の登山口/262mに入ったのは8:15頃だった。

2か月ぶりの登山なので、

体の様子をみながらゆっくり進む。

30分ほど登ると、体があたたまって、

呼吸も楽に、足取りも軽くなる。

歌のために、のどをあけて、

舌を柔らかくしたまま、上半身を楽にして登る。

半袖だけれど汗ばんで、

アームカバーや帽子を脱ぎたくなる。

赤土の山道は湿っていて、人はほとんどない。

鳥たちの鳴声はとても賑やか。

ふたりしずかや、やまぼうし、小あじさい、

うつぎなどの白い花、朱色やピンク色の山つつじ、

若みどり色の松の芯や新芽などを横目に、

新緑の明るい雑木林のなかを楽しく歩く。

1時間ほどで小休止、水分や糖分を補給していると、

はじめて耳にする不思議な鳴声にびっくりする。

すぐ近くでPoとBoの中間くらいの、

大きくて丸くて太い笛みたいな声が7回。

別の場所でも遠くで同じ鳴声がきこえたが、

後で調べてみると、アオバズクのようだった。

こちらからは見えないけれど、

あちらからはきっと見えているはず。

ご挨拶してくれたのなら、うれしいな。

90分ほどで、山頂の手前の臼杵神社に到着。

応永4/1397年に麓の集落に建てられたものの、

悪夢のお告げにより、

永禄3/1560年に現在の山頂付近に移されたとか。

とても小さな石の祠の神社で、

農業・養蚕の神さまが祀られているらしい。

「無事に登って来られてうれしいです」と

手を合わせると、雨がぽつぽつと降ってきた。

神さまに通じたのかな、

樹々にまもられて雨音を聴いたひとときだった。

10分ほど進むと山頂に到着、11:15。

お昼にはまだ早いので、

荷田子のバス停へ下りてゆくコースを先へ進む。

このなだらかな復路がとても楽しく、

森のなかの小径をゆくような、

色々な植物のなかを巡るような、

野性的な雰囲気にワクワク。と思えば、

クマの糞らしきものに遭遇してどきり。

念のために鈴をならして歩いていたけれど、

登山道を抜けたところで、

ツキノワグマが生息しています」というサインをみつけて、

またどきり。なにもなくて本当によかった、11:45。

カルミアの花が満開だった。

 

秋川渓谷の河原で、お昼のおむすびを食べる。

曇りだけれど太陽があたたかい。

縞模様の10㎝くらいの魚や、ターコイズブルーの蜻蛉や蝶、

ついでに毛虫まで、生き物たちがあちこちに。

近くの温泉「瀬音の湯」の足湯に入り、心地よく、

帰りの電車は眠ってしまった。16:30には家に着き、

あきる野空豆と、スナップエンドウやパセリを

サラダにして食べた。パセリはハーブみたいに淡い。

 

ウクライナのゼレンスキー大統領も駆けつけた

広島サミットの新聞記事を読みたいけれど、

とても眠くて眠くて、また明日。

原爆で亡くなったり苦しまれた方々の命が、

どうか報われますように。

詩 パペット

ぼくは

ぼくでしかない

 

でもそれは

ぼくのせいではない

 

もし

神さまがいるのなら

 

きいてみたい

 

土に息を

ふきかけて

 

ぼくを

おつくりになった

そのわけを

 

ぼくは

どうして

ぼくなのか

 

ぼくは

どうして

きみではないの

 

地球では

すぐにみつかるよ

 

美しさよりも

哀しみが

 

喜びよりも

怖れが

 

幸せよりも

惨めさが

 

でもすぐに

自由もみつかる

 

パンスペルミアの劇場で

ぼくはぼくの

 

方舟のような

歌をうたう

 

星とか

愛とか

未来とか

 

みえないものを

みえるようにする

 

ろうそくのような

踊りをおどる

 

大きすぎて

小さくみえたり

 

賢すぎて

愚かにみえたりする

 

人のかたちを

 

やさしすぎて

きびしくみえる

 

神さまのかたちも

庭園の休日 エトランゼ

4月に入ってすぐ、

7歳の甥っ子のピアノの発表会を聴きに行った。

昨年にひきつづき2度目のステージで、

1年前には抜けていた前歯も、

すっかり永久歯になり、たくましい。

春休み中に、

ひとりでおじいちゃんの家にお泊りして、

電子ピアノを持ちこんで練習したのだという。

はじめての学校に学童に、

毎週のピアノ教室も、

ほんとうによくがんばりました。

音楽がはじまる寸前に、3歳の妹が、

「ねぇ 〇〇くん ちゃんと できるかな」

とお兄ちゃんを心配していたのも、印象的だった。

 

その日、開花の早かった桜は見頃で、

目黒川はたくさんの人で賑わっていた。

広場のさくら祭りには、模擬店もたくさん。

目につきやすいのか、外国の方も多い。

パンデミックも終息へ向かうなか、

円安の日本は魅力的な観光地なのかもしれない。

今年度末に閣議決定された

観光立国推進基本法」のキーワードは3つ、

「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」で、

3年計画の国家戦略らしい。

観光立国推進基本法 | 観光庁

観光庁国土交通省の外局で、設立は2008年だから、

ここ15年程の動向になる。

お昼を食べるにも、

どこも満員と人手不足で、ひと苦労。

 

気をとりなおして、その足で、

目黒駅の反対側の、自然教育園へ行く。

門をくぐると、きんぽうげ科の白い花、

いちりんそう、にりんそう、が満開だ。

砂利道をゆっくり歩く。

ここでは、人よりも鳥たちのほうが賑やかだ。

長老のような「物語の松」にご挨拶して、

大すきなひょうたん池の前で、

「ホログラム」とか「ポータル」とかいう

言葉と遊んでいると、

「何かいる?」と話しかけてくださる方があった。

きけば大鷹の写真を撮るために通っている方で、

50cmくらいの大きなカメラがベンチに置いてある。

「あそこに面白い虫がいるよ」といって、

奇妙な「ななふしもどき」を教えてもらったが、

枝と一体化していて、何が何だか。

あとで調べてみると、

メスひとりで卵をうめる単為生殖の昆虫らしい。

処女懐胎聖母マリアみたい。

ゆっくり園内をまわって小1時間、

再びひょうたん池へ寄ってみると、

大鷹ハンターに少年も加わって、

顔見知りなのか情報交換をしていた。

少年は受験を終えて、

この春めでたく中学生になるらしく、

2月の大鷹出現情報に、この日は受験で・・・と、

残念がっていたのが、面白かった。

植物園にも、ヨーロッパ系、アフリカ系、

アジア系など、外国の方はけっこういた。

 

翌週、俳句の吟行会で訪れた近所の清澄庭園は、

うららかな休日の日本庭園ということもあり、

エトランゼが半分近く、驚くほど賑わっていた。

彼らには「Oh Beautiful!」らしく、

一方「整いすぎてつまらなし」と詠む俳人もいて、

なにがなんだか。

泉水に遊ぶ亀には、

和亀と、外来種ミシシッピアカミミガメとがいて、

テリトリーも性質も、はっきり違うのがよくわかる。

奥の広場に満開の里桜は、まさにBlooming。

ボリュームのある八重の花は、たっぷり枝垂れてもいて、

龍のようにくねくねしているのも珍しい。

 

他日、パンデミック以来、4年ぶりに帰国した、

イギリス在住のいとこと、そのハーフの子どもたち、

それから他のいとこやその子どもたちと、みなで再会した。

いとこ・はとこ会とでもいえそうな集まりで、

中学生になるヨークのお姉ちゃんは日本が大すきらしく、

「どんなところがすき?」ときくと、

「ええと、人とか食べものとか・・・」と

ゆっくりの日本語で教えてくれた。

 

異国の方の目を通して、

日本をみるのも楽しい。

意識化されて、はじまること。

新年度のはじまりにそんなことを想った。

 

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馬頭刈山

お花見日和の日曜日、

東京の檜原村あきる野市にまたがる

馬頭刈山/まずかりやまへ登った。

 

武蔵五日市駅から藤倉行のバスにのり、

西へ25分、千足のバス停から登山口へ向かう。

7時過ぎに山仲間のアキさんと駅で合流し、

駅前のロータリーでバスを待つ間、

白米のおむすびを食べていると、

「おいしそう!」と声をかけてくださる方がいた。

きけば北千住からいらっしゃった御二方で、

やはり馬頭刈山へ行くという。

ふと視線を落すと、バス停の支柱の片すみに、

紫色の菫が一輪、咲いていた。

夏目漱石の有名な句、

 菫程な小さき人に生まれたし  漱石

について、アキさんと談笑。

大人物というのはそういうものよね、などなど。

 バス停に生くる菫のひとりかな  ひとみ

 

千足のバス停から、林道を30分ほど登り、

登山道入口へ入ったのは、8:30分頃。

体の声をききながら、ペースを配分。

あたたまってくると、

体がポンプのように感じられるから、楽しい。

昨日の雨で湿った山道を、川沿いにゆくと、

小天狗滝、天狗滝、綾滝の、3つの滝と出逢う。

それぞれ趣が異なり、至るところに咲いている

椿の赤い花と、響き合って美しい。

そそり立つ巨岩の岩穴に、

木洩れ日が差し込み、神秘的。誰かいそう。

見所のひとつ、つづら岩/951mまでの急登に備え、

どらやきをひとつ、滝つぼで食べる。

0.6kmを40分ほど、ゆっくり登ってゆくと、

尾根に悠大なつづら岩がそびえ立ち、

垂直の岩壁は40~50mほど、

ロッククライミングの絶好のゲレンデらしい。

とまれ我々は、後方のまわり道から、岩頂へ。

それでも気分爽快、見晴らしよく、都心もよく見渡せた。

鎖を頼りに、腹ばいになって崖下を覗いてみたが、

岩肌も何もみえない。怖くて体が震えるようだった。

つづら岩の分岐からは、大岳や御岳のほうへ

抜けることもできるが、この日は南東へ、

馬頭刈の尾根道を楽しく歩いた。

1時間ほどで鶴脚山/916mの小さなピークを通過、

さらに30分程ゆくと、馬頭刈山/884mへ到着。

ちょうど11時30近くで、昼食をとる。

おむすびをふたつ、甘いものも少し。

よく晴れているけれど、人は少なく、とても静かだ。

野鳥と一緒に、アキさんの参加した俳句大会の話をきいていると、

朝、バス停でお会いした御二方と、

やはり同乗されていたお一人の女性も、次々到着。

またお会いしましたね、とささやかな再会を楽しんだ。

12時頃下りはじめて、光明山/798mを過ぎ、

しばらく行った分岐を、瀬音の湯の方へコースをとる。

ほんとうに所々で山椿に逢う。

逢うたびにどきっとするほど、きれい。

咲いても、落ちても、清らかだ。

長岳/326mというピークとわからないピークを過ぎて、

秋川渓谷日帰り温泉・瀬音の湯の近くまで来ると、

別の大気圏に突入したように、蒸し暑い。

温泉の駐車場はずいぶん埋まっているよう。

 

登山靴を脱いで、屋外にある足湯に入る。

まだマスクをしている方が多いので、私もつける。

お湯はぬるいけれど、なめらかで心地よい。

先ほど山頂でお会いしたお一人の女性が、

温泉の方へまっしぐらに歩いていかれるのが、向うにみえる。

声をかけたかったけれど、名前がわからない。

直売所で、あきる野市で採れた春菊とブロッコリー

福祉作業所の柚子ジャム、五日市うどん、などを購入。

バスの時刻14:39に合わせて、近くの十里木のバス停へ行くと、

朝、同じバスに乗り、頂上でもお会いした、

北千住の御二方が、バスを待っていらっしゃる。

分岐を軍道のほうへ下りるコースをとられたそう。

お二人は月に2度ほどのペースで、

北千住からアクセスしやすい栃木や筑波方面の山へ行かれていて、

今回はじめて東京の西側に来てみたのだという。

偶然の出会いの楽しさ。淡さ。

 

16:30頃には江東区の自宅に着き、

ご飯を炊いて、夕食は冷凍のカレー。

あきる野の春菊を添えて。

山から帰ってくると、

味のしっかりしたものが食べたくなる。

楽しかった。ありがとう。

さくら 2023

ベランダのさくらの花が咲いた。

挿し木をして14年目の啓翁桜。

水だけで、肥料もなく、

毎年咲いてくれる。

2023年のお花を、ありがとう。

 

靖國神社の今年の開花は、

14日のホワイトデーだったよう。

温暖化の影響か、

年々開花が早まっているらしい。

 

その新聞記事の見開きには、

昨年の小中高生の自殺が過去最多だったとある。

全体では減ったり増えたりしているなかで、

若い人たちがますます生きにくさを感じているのは、なぜだろう。

大人たちの抱える不安を敏感に感じとって、

肩代わりしているようにみえることも、

あるようなないような。

 

「あなたのチケットが

 ウクライナの子供たちを殺した」

というプラカードにびっくしりたのは昨夜、

ロシアのソプラノ歌手アンナ・ネトレプコさんと

旦那さんのユーシフ・エイヴァゾフさんの

コンサート会場の入口だった。

赤坂のサントリーホールの前には、

ウクライナの国旗や、犠牲者の写真パネルを手にした、

ウクライナの関係者と思しき方々20名くらいが、

人通りを囲むように左右に並んでいらっしゃる。

ただ無言で、ときどきボードを振ってアピールするくらいだけれど、

思わず胸を突かれてしまった。

 

コンサートはとても素晴らしかった。

プログラムは、ヴェルディプッチーニ

ドラマチックなアリアから、

母国のチャイコフスキーも組まれていて、

おふたりの全身全霊の歌唱と、

この上なく美しいピアニッシモに、心を打たれた。

もちろん会場は満員で、

わたしのいた2階席へも充分な声が届いてきたし、

またステージ後方の席の方々のために、

何度も後ろを向いて歌っていたのが、印象的だった。

声を響かせる方法、そして色々な音色をつくる方法を、

よく知っていて、天性と相まって、その人にしか歌えない、

信じられないような歌の可能性をみせてくれる。

アンコールはサービス精神たっぷりな

忘れな草」と「オ・ソレ・ミーオ」の2曲。

3時間近くにわたる、美しい時間だった。

 

22時まえにホールを出てみると、

先ほどのウクライナの方々はもういなかった。

わたしのチケットは、

ウクライナの子供たちを殺したのだろうか。

極論だけれど、そうかもしれないし、

そうじゃないかもしれない。

でも一番大事なのは、

なにかを言わずにはいられない方々がいること、

そしてその気持ちだと思った。

平和的なやり方なら、表現の自由は必須だし、

ロシア国民のなかにも、反戦のために

闘っている人もいる。

表現の自由の許されない国にあって、

それはほとんど命懸けだ。

 

強い想いは、現実を動かすと思う。

より多くの人がポジティブな想いで動いたら、

ものすごいパワーがうまれるはず。

太陽の光みたいに。

 

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チームラボプラネッツ

江東区豊洲で2018年から開催されている

エキシビジョン「チームラボプラネッツ」へ行った。

オープニングの頃は、とても混雑して、

人混みの苦手なわたしにはハードルが高かったけれど、

パンデミックをのりこえて、

ついに今年いっぱいで終了ということで、

観にいったら、やっぱりとてもよかった。

予約も大分とりやすくなっていた。

 

チームラボを初めて知ったのは、

2013年に銀座の田崎真珠のギャラリーで開催された

「バランス・エクスペリアンス・アート

 / TASAKI balance EXPERIENCE art by teamLab」だった。

真珠からインスピレーションをうけたという、

人の大きさくらいある風船のような球体が、

鏡ばりのギャラリーいっぱいに詰めこまれて、

すみれ色に発光したその球体の森を

逍遥するようなインスタレーションだった。

わたしのよくみる夢とほんとうにそっくりで、

強く共鳴したのを覚えている。

原型はそのままに、ほんのすこし進化した作品を、

豊洲でも体験することができ、うれしい。

 

チームラボは、

テクノロジーを用いたクリエイション集団で、

HPには「ウルトラテクノロジスト集団チームラボ」とある。

東京大学東京工業大学の院生や学部生たちが集まり、

2001年ころから活動を開始、

その躍進は目を見張るようで、

フィールドは世界各地に広がっている。

最近では、プッチーニのオペラ「トゥーランドット」の

新プロダクションの舞台装置も手掛け、

とくに声楽に関心のあるわたしには印象的だった。

トゥーランドット」は恐ろしい物語なので、

この東京公演を観ることはなかったのだけれど。

 

豊洲のプラネッツでは、

主に8つのインスタレーションを体験することができた。

とくに素晴らしかったのは、

「The Infinite Crystal Universe」で、

鏡でつくられた無限の空間に、

夥しいLEDライトが光りの宇宙を描き、

めまぐるしく色を変えながら動きつづけ、

そのなかへ迷いこむような美しい作品。

ミクロとマクロの世界への浮遊感も。

もうひとつ楽しかったのは、

「やわらかいブラックホール」で、

真暗闇のなかを、真黒い布で覆われた、

もこもこふわふわのスポンジみたいなもののなかを

裸足で歩いて先へすすむアトラクション。

プラネッツ全体が、闇と光のなかを、

裸足で体験するように構成されていて、

ひざ下まで水に浸かる展示室もあり、

多少やらされている感がないとはいえないけれど、

長野の善光寺のお戒壇巡りを思い出して面白かった。

子どものわたしは、何も見えない暗闇が怖くて怖くて、

泣いて途中で引きかえしたっけ。

 

チームラボの作品はとてもハッピーだ。

だから虚構と知りつつそれを楽しめる。

そして超現実に触れられる。

まさに活動のテーマは「実験と革新」で、

その方法論はボーダレスだという。

境界をあいまいにすることで、

人の認識は広がるから、

今まで気づかなかったことに気づくようになる。

 

わたしの身体が

わたしの意識が

とけてなくなるよう

わたしという存在が

でも なくなったのではなく

ひとつになっただけ

大きなわたしと

みんなと 世界と

 

teamLab / チームラボ

御岳山 奥の院・大岳山など

令和の天皇誕生日の祝日に、

奥多摩の御岳山へ山登りにいった。

 

先月1月に予定したコース、

御嶽神社奥の院への初詣だけれど、

雨のために見おくったので、改めて。

ホリデー快速で8時過ぎに御嶽駅に着き、

山なかまのアキさんと合流、

バスとケーブルカーを乗り継いで、

標高900m近い天空の御師町へ。

山頂の御嶽神社への参道をわきへそれて、

登山道へ入ったのは9:10頃。まだ人はまばらだ。

すぐにユニークな形の「天狗の腰掛け杉」の分岐で、

奥の院のほうへすすみ、石の鳥居をくぐる。

予報は曇りだけれど、青空が広がりうれしい。

山へ入ると、お天気がよいだけで、

気もちは随分ちがう。安心して歩くことができる。

ほどよく登りがいのある山道を40分程ゆくと、

小さな石の祠の奥の院1077mへついた。

山がご神体で、頂はさっぱり、清々しい。

御嶽神社の遙拝所から望める山だ。

聖なるものは、ふもとでは、だれにでもわかるように、

たとえば神社として威厳や荘厳をそなえているけれど、

よほどの人しか行かない奥の院では、それらは必要ない。

まるで沖縄の御嶽/うたきのように、

ひょうしぬけするほど、なにもない。

「やっと来れました」とご挨拶していると、

遠くで、ごぉぉぉぉぉぉぉと、

大きな風が動き、その響きにつつまれた。

 

その先の鍋割山1084mまでは20分程の

歩きやすい尾根道がつづいていた。

昨年の12月末に熊が発見されたらしい場所なので、

お互いのために、鈴を大きく鳴らしながら歩く。

こういうとき、人とすれ違うと本当にほっとする。

鍋割山のさりげないピークに着いたのは10:20頃。

まだ時間も早いので、地図をみて、アクバ峠から、

高岩山までまわってみようということで、

すすんでゆくと、分岐のサインを見まちがえて、

いつの間にか大岳山の山荘まで来てしまった。

ここまでくれば山頂までもうひと息、

きけば岩場の急登を約20分ということなので、

山頂でお昼を食べることにする。

岩をよじ登るのは楽しくて大すきだ。

途中、雪がほんのすこし残っている箇所もあったが、

見晴らしのよい山頂1266mは、風もなく、

心地よい陽ざしのなかで、鮭むすびや芥子あんぱんを食べた。

雪化粧の富士山は、雲隠れして裾野だけみえた。

 

12:20頃に下りはじめて、来た道を戻り、

見おとしたらしい分岐をアクバ峠のほうへすすむと、

まもなく上高岩山1011mについた、13:10頃。

ほんとうにささやかなピークだったけれど、

そこからロックガーデンへ下りてゆく道は、

予想外にハードでワイルドで、どきどきした。

あまり人の入らないコースのようで、

道は細くて心もとないし、鎖や梯子も続くし、

落葉はすべるし、疲れのでてくる時間帯だし、

熊らしき巨大な糞にも出逢うしで、

先月歩いたロックガーデンの渓谷に合流したときは、

心からほっとした。まるで別世界のように、

軽装の人がたくさん散策している。

境界線はみえないけれど、

人の領域と、野生の領域は、

はっきりわかれているよう。

なにはともあれ、

怪我もなく、道迷いもなく、よかった。

 

御岳山駅15:06のケーブルカーで下山、

バスと電車を乗り継いで、

最寄りの水天宮前駅に着いたのは、17:40だった。

瑞穂町在住のアキさんにいただいた

銘菓の青梅せんべいが

昔ながらの素朴な製法で、とても美味しかった。

 

そういえば上高岩山への道すがら、

黒くて大きな岩が、神さまにみえたっけ。

 

探梅といふわけもなく山の梅  ひとみ

 

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2月 2023年

節分と立春を過ぎて、

春の陽ざしを感じられるようになってきた。

確定申告を早々にすませて、ほっとひと息。

 

ちょうど昨年の今ごろ、

北京オリンピックの最中の2月24日に、

ウクライナへのロシアの侵攻という形で、

西側と東側の戦争が始まった。

大多数の人は知る由もないけれど、

関係者には想定されていた戦争だったようだ。

本気で回避するつもりならできたはずのことで、

あるいは西側の挑発もあったのかもしれない。

先の日本の開戦経緯のように。

いつの時代も、

市民の与り知らぬところで、国際社会は動いている。

 

経済にしても、中央の緩和政策の弊害が、

円安という形ではっきりと現れてきたので、

銀行の総裁人事もふくめて転換期にさしかかっている。

ここでも世界的な株価や為替の作為のなかで、

右往左往している個人がみえる。

 

そして1年が経った。

第二次世界大戦のうちの太平洋戦争、

つまり大東亜戦争は、3年9か月に及んだ。

当時の話を、いま祖父母に聴きたかった。

書くことの意義のひとつはここにある。

 

文士・小林秀雄は晩年の精華「本居宣長」に

時の戦国時代の景をかく。

 

 応仁の乱以来、百年以上にわたって、

 日本中の何処かで戦争が起っていない時はなかった、

 とさえ言っていい。

 まさに戦国時代であったが、兵乱は、

 決して文明を崩壊させはしなかったし、

 文明の流れを塞き止めもしなかったという、

 この時代の、言わば内容の方が、余程大事なのだ。

 群雄が、各地に割拠して、相争う乱世は、彼等が、

 どうあっても勝たねばならぬという、

 はっきりした必要に迫られて実践した、

 めいめいの秩序を内容としていたのである。/上巻p.82

 

歴史の大きな流れにみれば、

今の戦争もそういえるのかもしれない。

文明を崩壊させることはないし、

その流れを塞き止めることもないばかりか、

あるいは加速させるかもしれない。

そう頭で理解したところで、心はわりきれない。

人のいのち以上に価値あるものがあるだろうか。

おそらく頭と心の、働きの目的が違うのだ。

相半ばするこのちぐはぐを、

相半ばするままにしておくこと。

安易に一方に回収しないこと。

 

そのために本「本居宣長」の先へ進もう。

この内容を自分のものにするために。

 

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御岳山

お正月の松の内が明けて、

初詣の参拝も落ち着いたころ、

青梅の御岳山/みたけさんへ初登山に行った。

 

中央線のホリデー快速青梅駅で下車、

各駅停車に乗り換えて、古里駅からのコースをゆく。

気温は比較的あたたかいけれど、

天気は曇りで、予報では15時すぎから小雨のマーク。

山仲間のアキさんと、丹三郎の北尾根から、

御嶽神社奥の院/1077mへの初詣を目指して、

9時ころ登山道入口/277mへ入る。

イノシシ除けの頑丈なフェンスの向うへ。

すぎひのきの人工林は、整然としつつ、とても暗い。

人影もなく、すこし心細いけれど、

なだらかで歩きやすい山道だ。

だんだん身体があたたまり、一枚また一枚と上着を脱ぐ。

35分ほど登ると、飯盛杉というご神木にあう。

樹齢百数十年の杉2本と、さわら1本からなる、

奥多摩町・丹三郎地区のシンボル・ツリー。

古来、婚礼のときにご飯をお供えして祝ったという、

現在の木は2代目で、樹齢数百年だった先代は

落雷で焼けてしまったそう。ご挨拶して先へ進むと、

すぐに尾根道へでて、片側の明るい雑木林にほっとする。

適当なところで小休止、おむすびを一つ食べる。

さらに30分ほど登ると中ノ棒山846mの、

ピークとわからないほどささやかなピークを過ぎ、

そこから20分ほど登ると大塚山920mに。10:25。

御岳山/929mまでもう一息だけれど、予報より早く雨が降りだした。

レインジャケットと傘をひらいて、御師の町へ少し下り、

ビジターセンターで様子を訪ねる。

まだ積雪はないけれど、奥の院までは急登もあり、

雨で岩場が滑りやすいこと、

また12/27にそのすこし先でクマが目撃されたので、

今日はロックガーデンを周遊されてはどうかとのこと。

鈴はもっているけれど熊はこわいし、雨は降っているし。

ということで予定を変更し、沢沿いの遊歩道と、

綾広と七代のふたつの滝を楽しむことにする。

ロックガーデン/岩石園は、1935/S10年に当時の東京府が、

緑地計画にもとずいて整備した約1kmの遊歩道で、

渓流と露岩を楽しめる「東京の奥入瀬」ということ。

たまたまアキさんのお母様が青森の方で、

私も高校の修学旅行で訪れたことなどを話しながら、

静かな雨の水辺もとてもいい。

石庭の清澄庭園のような石渡りがとくに楽しい。

ビジターセンターまでは誰にも会わなかったけれど、

御岳山にはそれなりに人もいて、

行き交う方々のなかには、奥の大岳山まで行く人も、

早々に行って戻ってきた人もいて、無事を祈り合う。

とくに、天狗岩と七代の滝は、見応えがあった。

天狗岩は、鎖でよじ登る巨石で、左右に天狗の像が2体。

異様にうねる木の根が張り巡らされていて呪術的だ。

そこから急な鉄のはしごを3つ4つ降りてゆくと、

七代の滝へでて、滝つぼのすぐそばまで寄れる。

10mくらいのきれいな滝と思っていたら、

後日、全長50mの大小8段の滝だと知って、

どこがどうなっていたのだろうと謎々のよう。

そこからの復路は、180m30分の急登で、

昼下がりの時間になかなか登り甲斐があった。

帰りは14:45発のケーブルカーとバスで御嶽駅へ、

ちょうど15:36のホリデー快速に乗れてスムーズに帰宅。17:30。

 

小雨の降り続くなか、寒くなったり暑くなったりしながら、

自然につつまれた初登山だった。

この日は武蔵御嶽神社へは寄らなかったけれど、

また機会をつくって奥の院へ行きたい。

そのときは、どうぞお天気に恵まれますように。

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