佐賀町日記

林ひとみ

お正月 2023

今年のお正月は暖かかった。

よく晴れて、静かで、

世界が透きとおってみえた。

 

三が日を過ぎたころ、

近くの清澄庭園へふらりと寄った。

大すきな石の庭園。

水辺に水仙が群生している。

花のたもとがきれいに直角に傾いて、

水面に映るものの美しさに見惚れている。

というナルキッソスの神話は、

それが自分だとは知らずに死んでしまう物語。

今年の初句会の兼題になっていたことを思い出して、

俳句をつくりつつ、つくるのを忘れつつ。

 

明治の代表的な「回遊式林泉庭園」ということで、

もとは江戸時代の豪商・紀伊国屋のお屋敷だったらしく、

その後、下総の或る藩主の下屋敷となり、

明治の初めに財閥・岩崎家の邸宅となったことで

本格的に造園され、今は東京都の庭園になっている。

大きな池、大泉水を中心に、

全国各地から集められたという銘石・巨石が楽しい。

伊予の青石や磯石、佐渡の赤玉石、紀州の青石、

伊豆の式根島石・川奈石・網代石・根府川石、

秩父の青石、摂津や備中や讃岐の御影石、などなど、

本当にたくさん、財閥の汽船で運んだというからすごい。

当時は隅田川の水をひいたという干満のある泉水に、

磯渡りができるように飛び石が組んであって、

何て楽しい。鯉が寄ってくる。赤い鯉に黒い鯉。

寒いからお腹が空いているのだろうか、ついてくる。

富士に見立てた築山や、樟/くすの大木、

龍のように枝をうねらせた桜、

ぷかぷか浮いている水鳥たち。

そして踏みしめる砂利の一粒ひと粒に、

新年のお目出度い響きが聴こえるよう。

薄水色の空の低い位置に、

満月に近い夕暮れの月がかかっている。

 

翌日ふと思い立ち、

神保町のけやき書店へ行った。

雑居ビルの7階だと思っていたのが6階だった。

エレベーターが新しくなっていた。

日本近代文学の初版本や署名入り本の専門店で、

思いもよらない珍しい本に出逢えるのがうれしい。

この日は、未知の句集や詩集、

とくに小林秀雄の初版本やサイン本が印象的だった。

お値段もすごい、といっても2~3万円くらい。

旧字体ガリ版印刷のもの、

今にも紙が破れそうなものもある。

上製本で装丁はきっと青山二郎にちがいない絶版本も。

以前みつけた「近代絵画」の初版本はもう無かった。

初めて小林秀雄と出逢った記念の評論集で、

古書店の軒先でふと手にとって衝撃をうけたことを

よく覚えている。20年くらい前だろうか。

その新潮文庫版はどうして絶版になったのだろう、

美大生にもよさそうな素晴らしい本だと思うけれど。

そうして時間を忘れ、外に出るとすっかり日も暮れていた。

全面開発工事中のお茶ノ水駅のまだ古いホームから、

またいち日ぶん満ちてゆく月を見上げた。

仕事始めの方もちらほら。

 

そして満月も松の内も過ぎて、

すこしずつ日常に戻りつつある。

 

2023年もよい一年になりますように。