佐賀町日記

林ひとみ

青梅丘陵 

2月の中旬、ちょうど満月の日に、

梅丘陵へ山歩きにいった。

 

昨夏から登山をはじめて、

いろいろなツアーに参加してきたので、

そろそろひとり歩きに挑戦してみたかった。

ガイドさんに相談すると、

はじめてひとりで歩くなら、コースアウトの心配のない

「青梅丘陵」か「高水三山」ということで、

季節柄、雪のことも考慮して、

より標高の低い青梅丘陵を選んだ。

 

梅丘陵は、

JR青梅駅軍畑駅の間、駅5つ分にまたがる、

11kmのハイキングコースで、

コースタイムはおよそ4~5時間とのこと。

この日は、奥の軍畑/いくさばた駅で降りて、

9時頃に歩きはじめた。

登山道入口の榎峠まで20分くらい県道を上ると、

汗ばむくらいのよいウオーミングアップになった。

汗冷えしないように上着を脱ぎ、

人もいないのでマスクを外して、登山道に入る。

とても静かだ。鳥の声にほっとする。

息切れせずに歩き続けられる自分のペースを探しながら、

ひと足ひと足、山の奥へ歩みを進める。

道に迷う心配はほとんどなかったが、

はじめてのコースでひとりというのはけっこうこわい。

動物も怖いけれど、変な人に遭遇したら

どうしようと考えるともっとこわかった。

それでも楽しいほうがまさって、

30分ほどで雷電山494mの頂上に着いた。

雪がのこっていたけれど、よく晴れて気持ちがいい。

低山が連なる、北東・埼玉方面の眺めもよい。

ここをピークに、尾根道のアップダウンを繰り返し、

後から迫ってくるトレイルランの方と挨拶を交わしつつ、

辛垣/からかい山456mと、辛垣城跡へまわり道する。

なかなかワイルドな細道がつづき冒険心がわくわく。

頂きには中世の豪族・三田氏のお城があったそうだが、

北条氏に攻められて落城、遺構はほとんど残っておらず、

防塞のための堀切りや竪堀りがわずかにあるのみという。

反対側から登って来た人とすれ違い、ほっとする。

白い石灰石がところどころ露出している。

木洩れ日が明るい。風もなく穏やかだ。

そうしていくつかの峠を越えて、三方山454mまでくると、

かなり雪が残っていて、北側は凍っているようだった。

気をつけてはいたけれど、その急な下り道で、

つるんと滑って勢いよくひっくり返ってしまった。

背中のリュックがクッションになってくれたので、

左肘がじんじんと痛んだくらいで済んだが、

怪我をしていたらと思うとこわい。

低山とはいえ、予想外のことがあると学んだのだった。

以降はなだらかな下り道がつづき、

ときおり風が高い樹々を揺らす不思議な音、

海のざわめきのような音にときめいた。

まるで大きな樹のドームのなかに守られているよう。

お昼前に矢倉台の休憩所に着き、ほっと一息、

あとはほとんど平らなハイキングコースを残すのみで、

青梅市を一望しながらあんぱんを食べていると、

急に風がびゅうびゅう吹いてきた。

あわててダウンを羽織り、コースのつづきへ戻る。

このあたりから人も多くなり、

雰囲気もがらりと変わる。

人の思いやりの形をしたマスクをつける。

かなりの強風になってきたので風よけにもなる。

ふと案内図の立て看板に

「クマ出没注意!!」という貼紙をみつけて驚く。

「永山ハイキングコース・成木・二俣尾で、クマが出没しました。

 入山の際には、十分に注意してください!」とある。

いつの情報なのか日付はないが、

もし青梅駅からスタートして、はじめに貼紙をみていたら、

奥まで行けたかどうかわからない。行けなかったかもしれない。

複雑な気持ちで、次は鈴を持ってこよう、

それから軽アイゼンも忘れずに入れてこよう、と思いつつ、

13時半には青梅駅に着いてしまった。

 

まだ時間が早いので、

駅近くの「まちの駅青梅」に寄って、

青梅ゆかりの物産をいろいろと選んだ。

澤乃井のお豆腐、生そば、天ぷら、

野菜、天然酵母のパン、酒まんじゅう、などなど。

 

夕方には江東区の自宅に帰りつき、

お腹ぺこぺこ、

青梅のおそばと青梅野菜の天ぷらを頬ばった。

お店のお姉さんに

「春菊はぜひ生で食べてみてください!

 すごく美味しいですよ!」と言われたので、

そうして食べてみたが、ほんとうに美味しかった。

淡い春のハーブそのものだった。

ふだん春菊らしいと思っていた苦みは、

農薬による硝酸イオンの味なのだろうか。

 

本ものは淡いとよくきくけれど、

こちらがみつけなければ通り過ぎてしまうようなものが、

本当のもののような気がする早春でした。