佐賀町日記

林ひとみ

本仁田山

今日は冬至

雨もようのうす灰色の空がきれい。

寒いけれど、冬らしい

きりっとした空気。

今年もあとわずか。

充実した一年だった。

 

でも世界のどこかで戦争はつづいている。

生きたくても生きられない人がいる。

闘いたくなくても闘わなければならない人も。

戦争でなくても。

 

今年さいごの山登りに

奥多摩の本仁田山/ほにたやまへ登った。

ホリデー快速で8:30前に奥多摩駅へつき、

山なかまのアキさんと合流、

歩いて登山口まで行けるのがうれしい。

前夜の雨で歩道がぬれている。息が白い。

露か雨かが枯木に小さな花のように鈴なりに光ってきれい。

9時頃に登山口へ入ってすぐ、

乳房観音のサインをみつけて寄ってみる。

古く鎌倉時代に植えられたという2本の銀杏の幹から、

乳根という乳房のようなふくらみが沢山できて、

お乳がたくさんでるように、と村の娘さんたちが願をかけたそう。

その樹は大正時代に伐られてしまったようだけれど、

現在もそこに2本の大きな銀杏が生きていて、

乳根もすこし、あたり一面の落葉の黄色に元気をもらう。

小さな社の金と銀の鈴をならして登山の安全を祈る。

登山道に戻りすこし行くと、

安寺沢および大休場尾根とよばれる急登がつづく。

山頂の1224mまで2.2kmを170分と記されているので、

かなりの勾配、なかなか登りがいがあった。

息があがらずに歩きつづけられるペースでゆくけれど、

とくに股関節まわりと太ももの筋肉に

負荷がかかっているのがよくわかる。

尾根道へでて、すこしほっとしたものの、

標高が上がるにつれて風が強くなり、

前夜に樹々に積もった雪が吹雪のように舞い散り、

また近くの山から運ばれてきたような風花もちらほらと。

晴天なので心配しなかったけれど、

雪も10㎝くらいは積もっていたので、

アイゼンを持ってきてもよかったくらい。

山頂に10:45頃つき、おむすびをふたつ。

冬晴れで、都心のビル群もスカイツリーも、

東京湾の海も、千葉の山並もよくみえた。

そこからコブタカ山の分岐へ下りる北側の斜面は、

あたり一面の雪に覆われていて、

3度も滑って尻もちをついてしまい、ひやひや。

それでもすこしまわり道をして、

大ダワの分岐まで足を延ばしてみることにする。

この下りの20分くらいの間、

風のすさまじい音と、寒さ、人気のなさに、

なんだかとても不安になってしまった。

転んで歩けなくなってしまったら・・・、

それで寒くて気が遠くなってしまったら・・・、

もしコースを外れてしまっていたら・・・などなど、

不安な心にのまれてしまったら大変だと思った。

些細なことが命に直結する山という場所ならでは。

無事に大ダワまで辿りつき、石の祠に合掌、11:30。

その後は、雪のない平和な冬山の、

枯木立のなだらかな道を鳩ノ巣駅まで降りてゆく。

途中、お昼休憩のときにきらりと風花が舞った。

アキさんが季語だよねといったので、

たまたま読んでいた岩波文庫版の子規句集をとりだして、

風花の句を探してみる。

けれど虚子が選んだ2306句のなかには無かった。

子規は短い34年の生涯に2万句超を遺している。

そこではじめてお互いに俳句をつくることを知って、

それなら駅までに風花の句をつくろう!

ということになって、その後はそれぞれ作句に夢中、

心地よい無言の、不思議な下山になった。

出口には熊野神社があり、登山の無事を感謝。

振り向くと銀杏の巨木にはたくさんの乳根が垂れていた。

阿吽の阿の狛犬に、小さな仔犬が寄り添っている。

10月の高水三山のときの青渭神社にも仔犬がいたっけ。

青梅や奥多摩あたりには多いのだろうか。

鳩ノ巣駅に13:30頃着き、

帰りの電車のなかで、風花の句の披講となった。

即吟なので、気に入る句はそうできないけれど、

とても楽しい時間だった。

 

露しぐれ乳房観音鈴きんぎん

緑帯の岩波文庫ふゆの山

尻もちを三回ついて納登山

急登のゴールテープや風花す   ひとみ

 

 

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