佐賀町日記

林ひとみ

夏至 山登り 〇

6月21日の夏至は、風の強い日だった。

大きな樹の下で葉擦れの音を聴いた。

いつも賑やかな鳥の鳴声のかわりに

葉っぱの合唱が、ざわざわ、ざざー、ざざー。

東京は3度目の緊急事態宣言から除外され、

まん延防止等重点措置へと移行された初日だった。

とくに人にも街にも大きな変化は感じられないが、

夕方ポストにワクチンの接種券が届いていた。

英国ファイザー製のRNAワクチン。

とうぶん保留にしておこう。

 

沖縄の慰霊の日に

日帰りで奥多摩へ山登りに行った。

JRで東京の東から西へおよそ73km。 

高校生の時にレクリエーションで高尾山に、

林間学校で志賀高原横手山に登って以来の山登りになる。

曇り空で雨が降ってもおかしくないお天気のなか、

履きなれないトレッキングシューズで通勤通学電車に乗った。

中央線の立川そして拝島を過ぎて、青梅まで来ると、

ずいぶんと雰囲気が変わる。

江東区から奥多摩駅までおよそ2時間半。

ほとんどはじめてといえる登山で勝手がわからず、

ひとりではとても自信がないので、

ガイドさんのつくイベントに参加した。

都内23区から集まった15名の参加者と、

3名のレンジャーさんのもと、

標高1405mの御前山/ごぜんやまに登った。

 

ざーざー降りの通り雨をやりすごしてのスタートだった。

雨上がりの赤土がふかふかしている。

ねっとりとした土。所々ぬかるんでもいる。

指の太さくらいある巨大なミミズがいる。

毒のあるというアズマヒキガエルが跳ねている。

はじめは驚きながら、少しずつに自然に馴染んでいく。

野生のコアジサイがあちこちに咲いている。

もこっもこっと膨らんだ、もぐらの通った跡。

鹿の足跡。リスのかじった胡桃の殻。

スギやヒノキの木立に、うすい霧がかかって幻想的だ。

毒のあるトリカブト、真偽はさておき、

食べると狂ったように走りだすというハシリドコロ

それからいろいろなキノコたち。

これはふたりしずか、あれはヤマボウシ

山椒、山ぶどう、めぐすりの木、あけび、

珍しい銀龍草/ギンリョウソウ、などなど

観察しながら、休憩と昼食をはさみながらの、

あっという間の山頂だった。

雲がかかって見遠しはよくなかったけれど、

清々しい気もちと、よろこびと。

下り道は、オオルリコルリ、ウグイスなどの

鳥の鳴き声を聴きながら、足を踏み外さないように慎重に。

寒冷地に生息するエゾハルゼミの、

セミにしては小さい透きとおった抜殻をあちこちにみつける。

束の間、日の射したときに大合唱を聴くことができた。

ひぐらしに似たような、でもちょっと違う、不思議な鳴声だが、

わたしには「ギョー、リリリリリリリリリー」と聴こえた。

高い高い樹々の木漏れ日のなか、とりわけ印象的なひと時だった。

ゆっくり登って降りて4時間半。

ほんとうに楽しかった。

疲れているはずなのに、

不思議だけれど、かえって元気になった。

いのちのよろこび。

 

帰りの電車のトレインチャンネルで、

上野動物園のパンダのシンシンに、

双子の赤ちゃんが産まれたというニュースを見た。

わたしのなかでは、一日が、

慰霊の日、山登り、双子の誕生、と、

円をむすぶようにひとつになった。

 

ほんとうに楽しかった。

また山へ行こう。