佐賀町日記

林ひとみ

三頭山

お盆が過ぎて少しした頃、

東京の端の檜原/ひのはら村の

三頭山へ登った。

 

猛暑を心配していたところ、

数日前から雨の予報に変わり、

雨具をスタンバイしての登山になった。

 

三頭山/みとうさんは、

山梨県との県境にある1531mの中山で、

今では気軽に登れる山のひとつだけれど、

昭和49年に奥多摩周遊道路が開通するまでは、

アクセスしずらく、

奥多摩の秘境といわれていたそう。

登山道は、奥多摩湖のほうや、

山梨県の小菅のほう、上野原のほうへも通じていて、

色々な楽しみ方ができそうななか、

今回はよく整備されている都民の森から、

三頭大滝を経て、沢沿いを登ってゆくコース、

高低差500m、距離5.5kmほどを、

4時間かけてゆっくり歩いた。

 

三頭大滝は35mの見応えのある滝で、

吊り橋から眺めを楽しむことができる。

歩くとゆらゆらと揺れるのが新鮮で、

下方を流れる川に視線をうつすと少しくらくらする。

20年前に来たことがあるという方は、

その時はもっと水量があったと言い、

レンジャーさんは今日は水量がありますよと教えてくれた。

冬には下のほうから凍ってゆくそうなので、みてみたい。

 

沢沿いを登ってゆくのは愉しい。

何度か石づたいに川を渡ったり、水に触れたり。

時々ぽつぽつと雨が降っても、

樹々が傘になってくれて、ほとんど濡れない。

レンジャーさんが「さるなし」の樹を教えてくれた。

秋に成る小ぶりのキウイフルーツのような実は、

そのまま食べられて美味しいのだという。

少し前に岐阜高山の物産展で、

珍しい緑色の「さるなしのジャム」というのをみつけて、

なんだかよく知らないで食べていたのだけれど、

これがあのジャムのさるなし!と理解したのだった。

こういう他愛のない個人的なことが、

妙に印象に残ったりするから、人の経験は面白い。

同じ体験をしていても、

人の数だけ経験があるのかもしれない。

 

夏椿のなめらかでまだら色の幹、

あじさいの可愛らしいこと、

可憐な玉川ほととぎすや山路のほととぎす、

秋の訪れを感じさせるという

薄紫色のつりがね型のソバナ、

写真はほとんど撮らなかったけれど、

そういう映像の断片が記憶されている。

 

糸よりも細いレースで編んだような

小さな白いわたみたいな籠みたいなものが、

樹々のあちこちにかか残っているは、

なにかの蜘蛛の巣らしい。

あたり一面それらに囲まれるととても幻想的だ。

現代アートは多分にこういうところに

インスパイヤされていると思う。

私たちはそれだけ自然と離れてしまったということで、

でも本質的に離れられるわけではないので、

街の人ほど魅かれるのかもしれない。

 

山にいくと体がよろこんで、

細胞のひとつひとつがうれしがっているのが

よくわかる。

 

雨具をつかわないで無事下山できたことが、

奇跡のように感じられる1日に、ありがとう。