佐賀町日記

林ひとみ

もみぢ なわしろぐみの花

11月8日の立冬をまたぎ、

暦のうえでは過ぎ去ってしまった秋だけれど、

東京はちょうど紅葉の見頃を迎えている。

 

ここ数日の風雨でいくぶん散ってしまったが、

気温もぐっと下がり、色が深まり、

赤や橙や黄が透き通るように鮮やかだ。

 

陽光をうけたもえるような美しさや、

雨に濡れたしっとりとした美しさに、

はっと目を奪われる。

曇りの日のニュートラルな美しさには、

心を奪われるよう。

 

今年はとくに家の窓から見える小さな公園の

紅葉の推移を追っていた。

なかでもある1本の樹が気になり、

朝起きては「今日の色はどんなだろう」と

カーテンをあける瞬間が楽しみだった。

 

11月上旬からほのかに色づきはじめたが、

実にゆっくりと気長に、

ほとんど気づかれないほど日々微妙に色を変えるので、

すこしもどかしいようだった。

と思うとある日には急に色を変えたりする。

こちらの勝手な期待や予想を裏切ったり越えたりと、

気まぐれとも似て、面白い。

ひとつひとつのいのちの自律性が愛しい。

そうして1本の樹に親しく接しているうちに、

人格ならぬ木格が浮かび上がってくるようで、

名前や愛称をつけたくなるから、世界は楽しい。

 

わたしたち人間も、すこし肩の力を抜いて、

すこうし気まぐれに任せたほうが何事もうまくいく、

というもこともあるかもしれない。

 

そのような紅葉に先立つ11月上旬、

家のベランダのなわしろぐみの花が満開になった。

鋭い棘をもつ、いささか無骨な木だが、

ひとつの花はとても小さく地味なクリーム色で、香りも淡く儚い。

けれどもその数は千にものぼるほど夥しく、

どこからやってくるのか蜜蜂が10匹も20匹も群がっている。

小さな体を脈動させて一心に蜜を吸っている。

植木鉢に給水するのも恐る恐る、ちょっとこわいほどだ。

一週間程咲き続け、一斉に散ってしまったので、

いまはもういつもどおりの常緑樹のなわしろぐみ。

 

7年程前に鳥たちが種を運んできて発芽し、

はじめの5年間は成長もゆっくりで

なんの木だかわからなかったが、

ある時を境に爆発的に生長し、いまでは2m近くある。

ちょっとした家族のような存在になっている。

 

 2019年もあと一か月近く、

うっかり風邪をこじらせてしまったけれど、

2020年を元気に迎えられますように。