佐賀町日記

林ひとみ

声楽公開レッスン2019 ウィリアム・マッテウッツィ

去年につづき今年も

ウィリアム・マッテウッツィ教授の

声楽公開レッスンを国立音楽大学で聴いた。

 

高田馬場から西武新宿線の急行で

玉川上水駅へ向かうこと約40分。

9月末の気持ちよい行楽日和で、

向いの席の足元にはトレッキングシューズが3足、

心躍るように並んでいた。

 

マッテウッツィ/Matteuzzi教授のマスタークラスは

今年で5回目/5年目となるそうだ。

受講生4名が歌うイタリアのオペラ・アリア、

ロッシーニ/Rossiniとドニゼッティ/Donizettiの

レッスンは、とても聴きごたえがあった。

 

受講生は学部の上級生と修士課程の1年生なので、

20歳前後だろうか、難しいアリアを、

ひたむきに、けれども堂々と歌っていた。

ふと思ってしまう。

オペラのプロットはずいぶん浮世離れしているし、

まだ20年くらいしか生きていないのに、

原語のイタリア語で、戦ったり殺したり、

殺されたり死んだりするのだから、なんて大変!

けれどもここは大学で、

歌劇場で歌えるような歌手を育てる場でもあるから、

厳しさも必要なのだ。マエストロは、

笑顔で物言いやわらかく、ユーモアにあふれていても、

よくないことはよくない、

できないことはできるまで何回も、

ひとりひとりに真剣に向き合っているのが伝わってくるから、

受講生も必死で応え、こちらも夢中で聴く。

 

印象にのこっているフレーズを、

覚書として並べてみる。

 

・声に色々な色がほしい。

 自分の声そのもので表現してください。

 

・響くポジションの探しかたはみんな違う。

 楽器が違うから。でもどこかいちばん響く点がみんなある。

 

・力で押して出すのではなく、息の重さではなく、

 頭部に空間をつくって、そこを響かせればいい。

 

・軟口蓋をあげて、喉をおろして空間をつくる。

 

・ポイントに音を集めるのだけれど、

 響かせるのは頭蓋骨全体。マスケラ。

 

・声が多すぎる。力をつかって出している。

 

・たくさんの声を使う必要はない。

 たくさんの言葉をしゃべるのに必要なだけあればいい。

 

・息の送りかたは柔らかく。

 一定にずっと送ってほしい。

 

・胸声をつかっても響きはハミングのところにいれる。

 

・fは大きな声をだすというよりも

 ヴィブラートをいっぱいつかう。

 

・パッサージョの上にいったら

 声そのものを探すのではなく、戸棚をあけるように。

 

・高音はエコーをきくような感じ。

 

・イタリア語の u はひとつしかない。

 全部おなじ u にしてください。

 ドイツ語の u ともフランス語の u とも違う。

 

・rは息が適切な状態で、

 よく流れているときにしかいえない。

 

・今の声はとても美しい声なのだけれど、

 もって生まれたままの声なの。

 だからもっといい響きにしたいし、できるの。

 

などなど、全体的に共鳴と、

イタリア語の発音についての指導が多くを占めたという印象。

 

実際によい見本とよくない見本を

やってみせてくれるので、明快だった。

どこがどういうふうによくなくて、

こうするとこういう音になる、というのがよくわかる。

みてわかるのと、実際にやるのとでは、

次元がちがうのだけれど、とても楽しい。

 

たとえば、

ハミングにもよいハミングとよくないハミングが、

あくびにもよいあくびとよくないあくびがあるように、

軟口蓋をあげるにしても、

やり方も感覚もひとりひとり異なるようだし、

軟口蓋ってそんなにあげる?という歌い手さんもいる。

舞台の華やかさからは想像し難い、

根気のいる地味な仕事に、かえって感動する。

 

時間がどこかへ飛んでいってしまったように、

14時から17時30分まで、あっという間の3時間超。

 

講堂を出ると、夕暮れの、

秋の匂いのする風に、集中力がほどけてゆく。

朝、向かいに座っていたトレッキングの人たちは、

山をひとつ登っただろうか、

あるいは山小屋で夜を迎えるのだろうか。

 

いずれにしても、みんな、

安らかな眠りに養われる夜でありますように。

 

 

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