佐賀町日記

林ひとみ

NEUE STIMMEN 2019 in YOKOSUKA

残暑のつづく9月の初めに

世界オペラ歌唱コンクール「新しい声2019」の

公開オーデション2日目をみに横須賀芸術劇場へ行った。

 

品川から京急線にのりかえておよそ1時間、

クラシックなえんじ色の電車の車窓から、

三浦半島の風景をものめずらしく眺める。

だんだんと高層の建物が減り、

緑のふかい小山がぽこぽこと現われる。

海もすぐそこ、ちょっとした遠足のような気分だ。

横須賀劇場の最寄りの汐入/しおいり駅に着き、

周辺地図をみると、すぐそこ、目と鼻の先に

米海軍の横須賀基地があることを知る。

 

NEUE STIMMEN/ノイエ・シュティメンは

ドイツのベルテルスマン財団が主催する国際声楽コンクールで、

1987年より2年ごとに開催され、今年で18回目を数えるそうだ。

10月後半に予定されるドイツ本選に向けて、

オーディションは4月より順次、トルコ、カナダ、アメリカ、

ロシア、ドイツ、スウェーデン、オランダ、スペイン、イギリス、

ウクライナアイルランドラトビアオーストリア南アフリカ

各地で開催され、横須賀には105人がエントリーしていた。

 

1日目の49人は、韓国の1名をのぞいて日本から、

2日目の56人は、カナダ、タイ、中国、フィリピン、韓国、

シンガポール、オーストラリア、メキシコ、日本からと、

出演者の出身国は様々だった。

 

女性は28歳まで、男性は30歳までの

若い声のオーディションの審査員は、

ザルツブルク音楽祭芸術監督などを務める、

オーディション・ディレクターの

Evamaria Wieser/エファマリア・ヴィ―ザー女史。

と公式では1名だけれども、もう一人、

サポートするように審査を共にしていた女性がいた。

 

出演者は用意した5曲のオペラ・アリアのなかから、

任意の1曲を歌い、指示がある場合にはもう1曲を歌った。

観ることができた2日目のオーディションは、

もちろん、みんなとても上手だった。

テクニックは奥が深いから課題のない人はいないとしても、

オペラのアリアを歌えること、

とりあえず形にできることは、誰にでもできることではない。

けれどもこのようなオーディションでは、

どれほどすばらしく歌えるか、どのような楽器/声をもっているか、

この先伸びる可能性がありそうかなどが、重要なのだということを、

出演者と審査員の方々の両方をみていて感じた。

険しくてすばらしい世界、といえるだろうか。

 

きれいな歌を1日聴いていると、

ごくごく微妙で小さい差異ながらも、発声のことが、

おぼろげながらみえてくるようだった。

観るひとが観ればもっといろいろあるのだろう。

  

なかにひとり、審査員ふたりから

「Very nice!」「Very nice!」とコメントされた

韓国のバリトンがいた。どの演奏にも、

だいたいいつも感じよく「Thank you」というくらいで、

ときどき「Thank you, very good」とか

「Thank you, good」というくらいだったから、

ほんとうによいと感じていることが伝わってきた。

ホールでの声の響き方が特別にすばらしいように聴こえた。

本選へ出場できるだろうか。

 

ピアノ伴奏ではあったけれど、

大好きなオペラ・アリアをたくさん聴けて、

ほんとうに楽しかった。

10名の欠場があったが、それでも予定通り、

12:00から休憩をはさんで19:30まで、

あっというまの時間。

 

帰り道の電車のなかで、

3月にレッスンを聴講したイタリアのテノール

ジュゼッペ・コスタンツォ氏の言葉を思い出す。

「自分が歌えて、教えることもできて、

 よい耳を持っている先生は、ほんとうに少ない」

そうだとしてもそうではないとしても、

それだけむずかしい道なのだろう。

 

楽しみながら、苦しいことも楽しみながら、

自分の歌を唄っていたい。