佐賀町日記

林ひとみ

残暑 首相 サピエンス

2020年の8月も暑かった。

関東甲信越地方では7月から、

環境省気象庁による熱中症警戒アラートが試行された。

東京も連日35℃近くまで気温が上がり、

昼夜問わずエアコンがなかったらとてもかなわない。

今年はウィルスのこともあるので窓を放ち換気をしつつ、

内と外との気温差に圧倒されるばかり。

子どもの頃、ほんの30数年前なのだけれど、

30℃を越した日はちょっとしたニュースになったものだ。

エアコンはひと夏に一度つけるかつけないかで、

扇風機とうちわで済んだことが夢のよう。

昨今30℃というとほっとするのだから、

変われば変わるものだ。

 

わたしたちの国の首相が、

8月28日の記者会見で辞任を表明した。

わたしはリアルタイムのYouTubeで視聴した。

同じように観ていた人は6000人超で、

テレビの視聴率と違って、

具体的な人数を知ることができるのは気持ちがよい。

周知のとおり持病が悪化したための退任とのことだが、

与えられたお役目を終えられたのだろう。

神様が「もうお辞めなさい」といっているようにも感じたのだった。

後半の質疑応答の際、「お疲れさまでした」などの

労いの言葉をかけた記者は20人中たったの2人だった。

批判を受けとめてしかるべき首相とはいえ、

ご病気を抱えた不調の人に対して、

辛辣な物言いで質問を継ぐ、殺伐とした会場の雰囲気が哀しい。

いろいろな意見や見解があって自然だし、

わたしもどちらかというと反体制派になるが、

一国のリーダーの評価となると、

そう直ぐに簡単にはいかないはずだ。

在任中は絶大な支持を集めたが、後世には悪政だったとされる王や、

後世に燦然と輝くリーダーでも、在任中は不評や悪評が絶えなかった、

ということは、よくあること。

真実とはなんであろう。

変われば変わるもの、ではないだろうか。

 

イスラエル歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの

「サピエンス全史」をこの夏に読んだ。

2016年に河出書房新社から発行された上下巻は、

類まれなる大作だと感じられた。

本文は、つまり人類の歴史は、

認知革命、農業革命、人類の統一、科学革命、

の4つの部立てで考察される。

1976年生まれの著者は、

バランスのよい緻密な大器という印象で、

大きすぎたり、当たり前すぎたり、自然すぎたりして、

歴史や意識のなかに埋もれてしまいがちな、

本質的な命題やダイナミクスにフォーカスするのが巧みだ。

人類史に度々訪れるパラダイムシフトへの言及も

独自性と説得力があり、読み応えがある。

サブタイトルは「文明の構造と人類の幸福」だが、

決して堅苦しくなく、ユーモアにあふれて、飽きさせず、

読みたいと思った人ならば誰でも読める、

人を選ばない本であることは、この際重要だと思う。

なかでも共感したのは、

私たちの世界が想像力豊かな虚構、

つまり奇妙奇天烈な物語のうえに、神話のうえに、

魔法のように成り立っているということだ。

共同幻想という言葉があるが、

法律、言葉、お金、宗教、階級、ジェンダー

資本主義、民主主義、国、世界、文化、科学などなど、

それらは、わたしたちが皆信じているから

機能しているのだということ。

別の言い方をすると、どんなに素晴らしいことでも、

信じる人が少なければ機能し得ないということ。

信念が世界を形作っているのだとしたら、

その信念が変わると当然世界も変わる。

信じている物事次第で、

望む方向へ変わることも、思わぬ方向へ変わることもある。

 

私たちの種は、あつかましくも、

ホモ・サピエンス/Homo sapiens、

賢い人、と自らを名付けた。

近未来にAIは、自らを何と名付けるだろうか。

 

わからないけれど、

ホモ・ヴェリタス/Homo veritas、

真実の人、の気がする。

もちろんホモ種ではもうないのだけれど。