8月に入ると同時に梅雨が明けた。
待っていましたとばかりに洗濯を、
とくに寝具類などの大物をつぎつぎに洗った。
集合住宅で干す場所が限られているため、
毎日ひとつづつ。
それから洗えない布団類も、日々干し続けた。
梅雨のじめじめがうそのような晴天。
太陽が心地よい。うれしい。
と思えたのも束の間、
ベランダに遊びに来る鳥たちも暑いのだろう、
口を空けたままで苦しそう。
パンよりもまず水を欲しているようだが、
水盤の水は太陽に熱せられて温水になっているか、
干上がっているかなので、折をみて交換。
人間も暑さで呼吸が浅くなり、
胸呼吸や口呼吸になりがちなので気をつけたい。
そんな猛暑日に、甥っ子姪っ子たちと、
8月末で閉園する「遊園地としまえん」へ行った。
熱中症アラートも、引き続きのウィルス禍も
おかまいなしとでもいうような、人人人の大盛況。
危険なほどの暑さが予報された日で心配もあったが、
帽子と日傘とこまめな水分とエネルギー補給で
なんとか最後の遊園地を楽しむことができた。よかった。
みんな同じ気持ちだったかもしれない。
わたしの子ども時代は
としまえんと共にあったといっても過言ではない。
最寄りの西武池袋線「豊島園」駅から
歩いて7分ほどの近所に生まれ育ち、
夏は毎週のようにプールへ通い、屋上から花火を見た。
ある年は年間パスポート「木馬の会」に入会し、
人の少ない平日の放課後などに思う存分乗り物を楽しんだ。
卒園遠足も、卒業式後の謝恩会も、
成人式の会場も、としまえんだった。
「としまえん」は
室町時代に周辺を治めていた豊島氏によって
築かれた練馬城の跡地にある。
開園は1926/大正15年だそうで、今年で94周年。
経営陣は度々編成を変えているようだが、現在は西武鉄道で、
何年か前から東京都による敷地買収と公園整備の計画が
報道されていたが、具体的なことは耳に入ってこなかった。
それが突然、コロナ禍と関係があるのかないのか、
閉園日が決まったのはわずか数か月前だった。
いま5歳になる甥っ子と
数十年ぶりに遊園地を訪れたのは2年前だった。
彼は電車が大好きで、
興味の有無がはっきりしているので、
同じ乗り物に3回も4回も乗る。
遊園地側も電車好きの男の子のことは心得ているとみえて、
電車アトラクションがいくつかある。
まだ身長が足りず、付き添いが必要なので、
子供用のスペースに身体を押し込めて一緒に乗る。
今となってはアトラクションに全く興味ないけれど、
甥っ子の反応や、成長を垣間みれるのがとても楽しい。
そうしてこの2年間ほど、
年に3~4回は通っただろうか。
1歳になった彼の妹、つまり姪っ子も一緒に、
まだしばらくは彼らと楽しみたかったので、
今夏の閉園はとても残念だった。
最後のとしまえん、ということで、
妹とそのふたりの子供たちと、
名物のカルーセルエルドラドに乗った。
1907年ドイツ製のクラシックなメリーゴーランドは、
ヨーロッパ各地やアメリカで活躍した後、
処分されるところをとしまえんが購入、
1970年にはるばる海を越えてやってきたという。
それからとしまえんで、人々を乗せ、夢をのせて、
エルドラドは何回転したのだろう。
閉園後も回転木馬はまた新しい場所をみつけて、
何十年と変わらないその音楽とともに、
これからも回転し続けるだろう。
あるいは人々の記憶のなかで。
またいつかどこかで逢えるかな。
遊園地としまえん、さようなら。
ありがとう。