きのう
春の雪が降った
天から地への
ホワイトデー
ドキュメンタリー
レクイエムを観た
黒マントにすっぽり
身をつつんだ聖歌隊
楽譜を捧げ
舞台のうえを彷徨する
信徒は歌う
止まる 座る
集まる 散る
死神は近づく
いかなるときも
聖歌は奏でられる
緋色の照明
逆光のシルエット
協和音や不協和音の背後に
鳥のさえずりが伴奏される
朝と夜
闇と光
死とそれ以外のものと
生とそれ以外のものとの
畏れる崇高な
交感のセレモニー
わたしの背後に
鳥たちのさえずりが聴こえる
春の雪
一日だけ挿入された冬に
みな驚いている
パンが欲しい
キリストのパン
サンクト・ペテルブルグと佐賀町の
鳥たちの合唱が
地から天へ
奉納される
窓にスモークがかかる
水滴が耐えきれずに
流れ落ちる
ラクリモザ
十字架の昇天
神のなみだ
あれは確か
75回目の
3月10日の深夜
寝静まった部屋が
物音で賑わった
気配を感じる
死者たちは
焼野原に立っている
わたしたちの時間を貫いて
いまここに立ちつくしている
人は死なない
いまこの地球上で
コロナウィスルは
世界をつなぐ
エムブレムの形
シンクロする
市松模様のリング
機能不全に陥ったかにみえる
世界の野辺に
レクイエムは
ひっそりと花ひらく
わたしの身体の細胞の
ひとつひとつに
37兆2000億の
共鳴がうまれる
残響につづく
侵しがたい沈黙
熱狂ではない
厳かな拍手
讃えられた
生と死を
もれなく携えて
人々は帰ってゆく
きのう
季節はずれの
雪が降った
そして
何事もなかったかのように
また生きてゆく
あるいは
ほんとうに
何事もなかったのかもしれない