佐賀町日記

林ひとみ

しずかな朝 両国

4月7日に日本全国へ発令された

COVID-19の緊急事態宣言は、

地域別の段階的な解除を経て、

5月25日に完全解除となった。

およそ48日間、7週間にわたり

わたしたちは自主的な外出自粛生活を過ごした。

 

同じようにパンデミックを経験している

他国とくらべてよかったと思うことは、

強制的な戒厳令ではなく、

ひとりひとりの主体的な外出自粛で危機を凌いだことだ。

日本の法律の関係上、

厳しい制限を設けられなかっただけともいえるけど、

たまたまにしても、ともかくうまく機能したと思う。

PCR検査数ができないという問題はあったし、

非協力的な人を非国民扱いしたりと、

辛いこともあったけれど、

柔和とも曖昧ともいえる政策は、

いまのところ、ひとまずは功を奏したのだ。

 

予定より早く緊急事態が解除になったといって、

急にあちこちへ行く気にはなれないけれど、

必要があったので2か月ぶりにメトロを利用した。

学生はあまり見当たらず、通勤の人も少なめで、

がらがらではないけれど、かなり人は少なかった。

変な言い方だが、人にぶつからないように歩いたり、

エレヴェーターに整列して乗ったり、

カバンが邪魔にならないように気をつけたりと、

気を遣う必要がなく、かえって行動しやすい。

社会復帰のリハビリにはちょうどよかった。

 

「こちらは江東区役所です。

 緊急事態が宣言が発令されています。

 不要不急の外出をおひかえください。」

という朝10時の防災無線が放送されなくなって、

ところがほっとしたのは束の間だった。

再び感染者数が増加したため、

6月2日には東京アラートなる警報が発動された。

都庁や臨海のレインボーブリッジが赤色に点灯されて、

戦隊もののなんとかレンジャーの世界と見紛う。

巨匠・丹下健三氏の精魂の建築もなんのその。

翌3日の朝9時にはさっそく

「こちらは江東区役所です。

 東京アラートが発動されています。

 区施設の運営に変更はありません。

 新型コロナウィルスの感染防止にご協力ください。」 

という放送が再び流れた。

ふり返ればしずかな朝は8日しか続かなかった。

いな、しずかな朝が1週間だけでもあってよかった。

 

穏やかな曇りの日、

ふと思い立って墨田区の両国まで散歩した。

家からひたすら北上すること1時間弱、

下町の低い家並と狭い路地をぬい、

隠れるように佇む弁天神社に心惹かれつつ、

隅田川の支流の堅川を越えてしばらくするとJRの両国駅だ。

むきだしの高架線路に、総武線の通過音が荒々しい。

ちゃんこ鍋のお店があちこちにあるけれど、駅も街もがらんとして、

巨大な建築現場の土木音だけが景気よく響いていた。

相撲の聖地・両国国技館の門は閉じたままだったが、

富士山よりもゆったりとした稜線が、

日本的といっていいのか、実に美しい。

区立の旧安田庭園と、都立の横網町公園を散策する。

旧安田庭園は江戸の元禄年間に起源をもつ大名庭園の名残で、

かつて汐入の池だったという心字池は亀のパラダイスだった。

いろいろな種類の亀が混在しているようにみえるが、

顔に赤い模様のある赤耳亀は、なかなかいかつい兄ちゃん風。

外来種なのだからすこし遠慮したらどう、

という差別意識は人間にしかない。

夕陽をあびてみな思い思いに動き回ったり佇んだり。

ふと熊谷守一の晩年様式の絵画「石亀」を思い出す。

現実を絵画に昇華した画家がいて、

絵画を現実のなかにみるわたしがいる。

これは倒錯しているのかどうなのか。

つい「よこづな」と読みそうになる横網町公園は、

陸軍の軍服を製造する被服廠/ひふくしょうの

跡地の一部にあるメモリアルパークだ。

熊谷守一が10歳の頃、1890年/明治23年からおよそ30年間、

この地にあったという被服本廠。その後の関東大震災および

東京大空襲の死者のための納骨堂である東京都慰霊堂

復興記念館、死者名簿が納められた平和の碑などが点在している。

そのなかに一風変わった朝鮮人犠牲者追悼碑がある。

関東大震災の混乱の最中、

朝鮮人による暴動が起こるというデマが流れ、

そのために多くの無実の朝鮮人が公に殺されたのだという。

ほんとうに恐ろしいことだが、

けっして遠い昔の話とも、他人事とも思えない。

祖父母が関東大震災や大東亜/太平洋戦争の話をよくしていたので、

もっときちんと聴いておけばよかったとつくづく思う。

あるいは今、話ができたらと思う。

 

最大公約数の歴史はもちろん重要だけれど、

より知りたいこと、役にたつことは、

ほんの些細なことや他愛のないことだったりする。

小さなこと。

それで充分なことがたくさんある。

 

しずかな朝がかけがえのないように。

わたしはこれを、大きなこととしたい。