佐賀町日記

林ひとみ

からすの子ども 梅雨に入る

先日はじめて

からすの子どもに出会った。

 

ちょとした買い物に

江東区門前仲町の商店街へ向かう道すがら、

歩道のうえを黒いものが

ぴょんぴょんと跳ねていた。

うさぎほどの大きさの2本足の鳥が、

よちよち前進したり佇んだりしている。

傍らの街路樹には黒光りした親カラスが、

見守るようにかーかーと鳴いていた。

攻撃的ではなく、穏やかな声で、

「わたしのあかちゃんが歩く練習をしています。

どうぞお構いなく、やさしくお通りくださいまし。」

とでもきこえてくるよう。

 

人の子どもと同じで、体にくらべて頭が大きいから

バランスをとるのがむつかしいのか、

地球の重力に慣れていないのか。

足を右、左、右、、と交互にだして歩くより、

2本の足を一緒にしてうさぎのように跳ねている。

体毛はぼさぼさで、まだ艶もなく、

ちょっと冴えない黒いドナルドダックのような愛嬌があった。

まだ開いていない夜間営業のダイニングバーの

ガラス扉に映る自分に向かって、歩いてゆく。

自分と理解しているのかどうか、

好奇心でいっぱいの目が愛らしい。

親カラスはいつのまにか樹の茂みに紛れて、

鳴き声だけがきこえていた。

梅雨入りしたばかりの曇り空がやさしかった。

 

今年、東京の梅雨入りは6月7日だった。

その日、降りつづく雨に、梅雨に入ったかな、

と誰もが思ったような、わかりやすいお天気だった。

 

5月下旬ころ、

住んでいる集合住宅の屋上に、

ウミネコが巣を作っているときいた。

6階のわが家の天井のすぐ上だ。

数か月ごとに行われる窓ガラス清掃の業者の方が、

ウミネコが巣をつくって襲ってくるので、

清掃のためのロープを降ろせないから、

繁殖期がおわるまで窓ガラス清掃を延期します、とのこと。

どうりで誰もいないはずの屋上から、

時折、がたっ、ごとっ、と物音がしていたのだった。

窓ガラスがきれいにならないのは困るけれど、

ウミネコの事情ならやむを得ず。

 

そうこうしているうちに梅雨に入り、

ガラス窓も雨に洗われてきれいになった。

屋上のウミネコたちはどうしているのだろうか。

 

雨の恵みを存分に、

からすの子も、ウミネコの子も、

元気に大きくなりますように。