佐賀町日記

林ひとみ

大分へゆく

4月の上旬、

九州の大分へ旅をした。

 

大分市の中心街に1泊、

そこから電車で1時間ほどの湯布院に1泊の、

小さな旅だ。

 

羽田から大分空港への約90分の空の旅は、

まるで絵巻物をみているようだ。

広い関東平野を後に、シンボリックな富士山を見つつ、

静岡や名古屋の都市を過ぎると、

森閑とした深緑色の紀伊半島が神秘的に広がっている。

再び大きな大阪平野に出会うと、

自然と人工の強烈なコントラストがまぶしいくらいだ。

そして瀬戸内海のぽこぽことした島々から、

九州のもこもこした山並みにいたると、

昔話や神話の世界に迷い込むよう。

 

大分空港からバスにゆられて、

満開の桜と菜の花のなかを市街地へ向かう。

まだ春が浅いのか、風が冷たい。

迷った末に厚手のコートを羽織ってきてよかった。

 

小さな荷物を預けて、街へ繰り出す。

磯崎新氏のアートプラザ/1966年竣工・1998年改装と、

県立美術館OPAM/坂茂建築設計・2014年竣工を巡る。

いづれもその時代を映し出す建物だ。

美術館のカフェでいただいたランチは、

「りゅうきゅう」という名の郷土料理で、

醤油などに漬けこんだお刺身の丼ご飯だった。

意外なほど大きなサラダがついてうれしい。

熊本との県境にあたる久住高原で採れた野菜ときくと、

なぜか余計においしい。くじゅう、と読むらしい。

大分府内城跡では、石垣とお濠と桜のそばで

シートをひろげてお弁当を食べている一行が楽し気で、

みているこちらも楽しくなった。

大分銀行の赤レンガ館は、旧本館/辰野金吾設計が復元されて、

アンテナショップとコーヒーショップがはいっていた。

物珍し気に物産・名産品を眺めるツーリスト・エトセトラと、

そのすぐ横に設置されている銀行のATMを利用する町の人々とは、

同じ空間に、すぐそばにいるけれども、

まるで別の次元にいて、うすいガラスで隔てられているような、

不思議な距離感が面白かった。

 

翌日は大分から湯布院へ移動する。

市街から西北西におよそ47kmの温泉郷は、

由布岳の裾野の盆地にひろがっていた。

駅のインフォメーションへ向かうと、

こちらもOPAMと同じ坂茂/ばんしげる氏による設計で、

木のアーチが印象的な天井の高い明るい空間だった。

地図をもらい、宿へ向かう道すがら、

あちこちから馴染みのない鳥の声が聞こえてくる。

チュイルチュイルチュイル、チキチキチー。

わぁ、つばめ!

東京ではめったに見ない鳥なので、会えてうれしい。

その日は早々と宿に落着き温泉にはいった。

湯布院はあちこちから温泉が湧いていて、

水質もそれぞれすこしずつ違うそうだけれど、

宿のお湯は入ったときにぴりっと刺激を感じる鉱泉だった。

透明でなめらかで気持がよいので、午後と夜と朝にも入ったが、

仲居さんによると、近年は中国・台湾・韓国・

マレーシア・インドネシアなどからの観光客が多く、

文化の違いからか大浴場にはあまり入らないそうで、

満室にも関わらずほとんど貸し切りだった。

プールへ行ってプールに入らないのと似て、

湯布院にきて温泉に入らなかったら何をするのだろう、

と、ゆげのようにぼんやりと思った。 

 

翌日は、よく晴れてあたたかかったので、

コートと荷物をロッカーに預けて、

川沿いの遊歩道を金鱗湖/きんりんこという

池のような湖まで歩いた。

桜と菜の花がいたるところでほんとうに綺麗だ。

ゆっくり歩いて30分ほどの道のりだが、

あちこち寄り道しながら散策を楽しんだ。

金鱗湖では魚がぴょんぴょん飛びはねていて、

飛びはねた魚のうろこが夕日で金色に輝くのをみて名付けられたという、

その湖名の由来を目の当たりにするようだった。

また佛山寺/ぶっさんじという古刹まで足をのばし、

見ごたえのある茅葺屋根の山門をくぐる。

江戸期の慶長豊後地震で罹災するまで、

由布岳の山腹にあったという由緒あるお寺のようで、

清明な空気がきもちよく、しばし佇む。

樹齢150年以上という椿のめずらしい大木が

音もなく花を散らせたと思うと、くまん蜂が近づいてきた。

そろそろ帰り時だろうか、

大分空港行きのバスの時間に間に合うように、

かけあしで土産物屋のひしめく賑やかな湯の坪通りを通り過ぎ、

起点の駅のバスターミナルに向った。ふりかえると、

駅から由布岳へむかってまっすぐに伸びる目抜き通りは、

古くからの山岳信仰の精神を象徴しているのだと思った。

はじめての大分の、楽しい旅だった。

 

 

ところで、大分駅からJRで由布院に移動した際、

PASMOで入場したところ、由布院駅有人改札だったので、 

現金で精算し、精算証明書なるものをいただいた。

そのことをすっかり忘れていて、

後日、人形町駅でメトロに乗るときに、

PASMOがエラーになってしまい、駅員さんにみてもらうと、

「大分??で入場したままですが」といわれて、

精算証明書のことを思い出し、事なきを得た。

PASMOの入場記録は消してもらったけれど、

たとえばおとぎ話のように、

大分の旅の記憶までは消えないだろう。

 

魚が新鮮でおいしかったこと、つばめ、桜と菜の花、竹細工、

わり箸が丸いこと、ソーラーパネルをよくみかけたこと、

人がおっとりとしていることなどを、

お土産にしたレタス・ほうれん草・春菊・しいたけ・のりなどを

食べながら、楽しく思い出している。