声楽の発表会

猛暑が続く東京は代々木上原ムジカーザで、

声楽の発表会を鑑賞した。

 

5月から通い始めた声楽教室の発表会と、

フランス歌曲を専門とする先生が敬愛する

ドビュッシー/1862‐1918の没後100年を

記念したミニコンサートを併せての、

ボリュームたっぷりのマチネとソワレだった。

 

声楽を志す色々な方々の歌唱を聴くのは

とても興味深く、勉強にもなったし、

なにより全身全霊で唱う姿に惹きつけられた。

 

いつも思うのは、

声という楽器はほんとうにひとりひとり異なって、

それでいてどの声も素敵だということだ。

楽器としての熟練度はさまざまだとしても、

それぞれの美質が自然とあられて、とても魅力的で、

豊かだなと思うのだ。

 

熟練した安定感のある歌唱が素晴らしいのはもちろん、

歌唱芸術はそのうえに成立すると思うけれど、

未熟さが垣間見えるパフォーマンスから受ける感動も、

ときにとても強いものだった。

それはなんというか、芸術的な感動とは異なるのだけれど、

何かを強く表現したい、

自分は自分らしく在りたい、

そして自分を更新してゆきたい、という

ひたむきな情熱のようなものが伝わってきて、

人の本気というのはすごいと思った。

 

声楽の技術の基礎的なことに関しては、

むしろそのような発展途上の姿から、

より多くのことが学べるように思う。

他者の歌声を知ることで、

自分をよく知ることができるし、

よいお手本と、よくないお手本と、ふたつが揃って、

はじめて完全に機能し、理解できるというように。

 

コンサートホールのMUSICASAは、1995年に

鈴木エドワード建築設計事務所の設計により建てられた

きめ細やかな雰囲気の音楽の家で、

天上の高いホールには採光が施されて開放的で、

音響もよく、人気のホールということだ。

 

ニコンサートで演奏された

フランスの作曲家ドビュッシーの音楽は、

ピアノのソロ曲と二重奏曲に、

フルートとヴィオラとハープの三重奏曲という

バラエティーに富んだプログラムだった。

はじめて聴く曲ばかりだったけれど、

たとえば蝉がカラを抜け出して羽ばたくように、

音楽が楽譜から音へと羽ばたいてゆく現場に、

ときめくような時間だった。

とくに、晩年の53歳頃/1915年の作品、

2台のピアノのための「白と黒で」第1曲は、

2人のピアニストの音が絡み合って

情熱的でとても楽しかった。

ピアノは弦楽器であり打楽器なのだと

感じ入るクールなステージだった。

 

いくぶん暑さが和らいで

ほっとひと息つく夜の帰り道に、ふと想像してみた。

たとえば私たちの多くが、声楽曲で歌われることの多い

イタリア語やフランス語を理解しないのと同じように、

ほとんど日本語を理解しないであろう国の人々を前に、

やはりあまり日本語を理解しないであろう異国の歌手が

日本歌曲を原語で披露するステージを。

なんだか不思議なような興味深いような。

と同時に、母国語の歌曲を唄うことに、

あこがれを感じたのだった。

 

合唱の世界では

新旧の作曲家によって日本語の合唱曲が

たくさん生まれているのだから、

歌曲がもっとつくられて歌われたらいいなと思う。

あるいはかつての

素敵な日本歌曲をさがしてみるのも楽しそうだ。

 

ちらほら、みんみん、じーじー、と、

蝉の鳴き声がきこえてくる夜だった。