佐賀町日記

林ひとみ

バラの樹

子どものころ住んでいた祖父母の家の庭に

淡いピンク色のバラの樹があった。

 

子どもの背丈くらいの若い樹だったと思う。

あるとき祖母が挿し木という栽培方法を教えてくれた。

ある種の植物を、適当なところで切って、土に挿すと、

うまくゆけば育つのだという。

そんなアメーバみたいなことがあるのかと思ったが、

ものは試しで、そのバラの樹を挿し木してみることになった。

祖母が一枝、つづいて私も一枝、

剪定して庭の一角に並べて挿した。

大きな空色のジョーロで、

シャワーのように水をたっぷり注いだ。

 

良く晴れた日だったけれど、何月だったのだろう。

私は小学校の低学年か中学年くらい、

およそ30年ほど前の思い出だ。

 

今は叔父が住んでいるその家の庭で、

淡いピンク色のバラの樹は、ずっと元気に生きている。

もとの親樹はもちろんのこと、

祖母と孫娘の挿した枝はほとんど一体になりながら、

こんもりと大人の背丈ほどに大きくなって、

華やかな八重の花をたくさん咲かせている。

盛りには花の重みにたえかねて、

稲穂のように弧をかいていたから、

よほど伸びのびと生きているのかも。

 

そんな思い出も手伝って、この春、

江東区の集合住宅に住むかつての孫娘は、

ベランダの鉢に、バラの花を挿し木した。

 

昨年11月に、合唱の演奏会で戴いた

一輪の深紅の切り花を、1か月ほど楽しんだあと、

枯れてもなんとなく枯れたまま愛でていた。

水切りを繰返して15㎝ほどになった切り花は、

花から10㎝くらいのところまでは干からびて、

ドライフラワーのようになっていたのだが、

葉が左右に伸びていたところから若葉がでてきて、

その下の茎5㎝ほどは生きているようにみえた。

若葉が出ては萎れ、出ては萎れを繰返していて、

切り花の茎の切り口に、始めはかさぶたのような、

やがて大きくなって腫瘍のような膨らみができて、

根を張っているのかもしれないと驚いた。

いつのまにか冬を越し、春が来て、

その球根らしきものも2.5㎝ほどなったので、

4月12日に、土に挿してみた。

 

その後しばらくは、

新しい環境が気に入ったのか、気に入らないのか、

よくわからないような日々が続いた。

ひと月を経て5月も下旬になろうとする今日この頃、

ふたたび若葉が芽吹きだし、葉の緑色も濃くなってきた。

しばらくはこの場所で生きてみようと、

決めてくれたのだと、よろこんだ。

 

思い出の淡いピンク色のバラの樹のように、

すくすく育ってくれますように。

 

いのちは、そのいのちをみつめることで、

大きくも小さくもなるから、面白い。