先日、銀座メゾン・エルメスのギャラリーで
ミルチャ・カントル展を観た。
「あなたの存在に対する形容詞」と題された個展は、
1977年ルーマニア生まれの作家による、
存在性という古典的なテーマを
現代的に表現した試みだと感じた。
会場にはスタイルの異なる3つの作品が展示されていたが、
そのなかのひとつに、とりわけ明快で美しい作品があった。
「Are You the Wind?/風はあなた?」は、
ふつう風に揺られて鳴るウインドチャイムをドアと連結させて、
観覧者が仮設の扉をスライドさせて展示空間に入ると
一面に吊られた無数のチャイムが鳴り響くという、
ごくシンプルなインスタレーションだった。
建築家レンゾ・ピアノのガラスキューブの透明な空間に、
無機質なウィンドチャイムが幾重にも共鳴して、
星のように遠くあるいは近くで、存在を暗示する音が瞬く。
それらがしだいに波のようにひいてゆく様は自然そのもので、
揺れ動く音に耳を澄ませているだけで心地よい。
その日は観覧者がまばらだったこともあり、
ほどよい静寂につつまれたころ、
再び任意の他者の入場とともに鐘の音が鳴り渡り、
空間が一瞬のうちに変容する様は、とても鮮やかで、
自分が扉をあけて入ったときの驚きと、
他者が扉をあけて入ってきたときの音の楽しさに、
ときめいた。
タイトルの通り、
風はわたし、で、
風はあなた、だった。
世界を変化させるというよりも、
わたしたちの認識が変化することで、
経験する世界が変わるということを示唆する、
巧まざるして巧みなクリエイション。
ゴールデンウィークで賑やかな銀座の街に、
ひとりひとりの存在の音、
きこえない鐘の音を聴きながら、歩いた。
生きていること、
存在していることは、
おそらくあらゆる形容にもまして、
すばらしいことと思うのだった。