佐賀町日記

林ひとみ

魔の山 | トーマス・マン

ちょうどひと冬をかけて、

ドイツの文豪トーマス・マン

魔の山/DER ZAUBERBERG」を読んだ。

 

1924年に発表された全2巻の長編小説は、

スイスの高原サナトリウムでの療養生活を舞台とした

青年ハンス・カストルプの7年間にわたる成長物語であり、

同時に、第一次世界大戦直前のヨーロッパの

不穏な雰囲気を描き出した大河小説でもある。

 

物語の主人公ハンス・カストルプは、

将来はエンジニア/造船家として故郷ハンブルク

造船所で働くことになっていた23歳の青年で、

ひょんなことから、見舞いがてら、

いとこのヨーアヒムが結核療養のために滞在している

アルプスのサナトリウムを訪れる。

夏の3週間という滞在予定が、

風邪をひいたことをきっかけに思いがけず結核と診断されて、

戸惑うまま療養生活をはじめることとなり、

高地の超俗的な生活形態のなかで、様々な出会いも手伝って、

人生とは、またいかに生きるべきか、

という哲学的な思索に魂を奪われてゆく。

やがて錬金術的な目覚めと変容を経験し、

第一次大戦の足音とともに参戦を決意することで

自己実現を遂げ、現実の世界へと合流したところで

7年間のおとぎ話は幕をとじる。

 

作家の代表作のひとつされる本作は、

第一次世界大戦をはさんで

12年にわたって書き続けられた大作で、

その戦争体験と深く結びついていることが特徴的だ。

執筆のきっかけとなったのは、1912年に

高原サナトリウムに入院したカーチャ夫人に付き添って

3週間ほど滞在した作家の実体験にあるそうだが、

当初は、書き終えたばかりの「ヴェニスに死す」と同程度の

短編小説になる予定だったという。

ところが翌1913年より執筆を開始してみると

途方もなく大きな物語へと発展することが予感されて、

第一次世界大戦が始まった1914年頃には

上巻の1/3が書き進められていた程度であったそうだが、

戦争中は他の重要な評論やエッセイのために執筆を中断し、

大戦が終結した翌1919年に再び書き進められ、

1924年に完成したという、まさに渾身の大作だ。

 

長大な物語には

幾つものテーマが織り込まれており、

時間と経験のミステリーもそのうちのひとつだが、

作家が本作に注いだ12年という歳月が、

小説の7年という月日と共鳴していること、

主人公は23歳から30歳に、

作家は37歳から49歳に到達したことも、意義深い。

 

壮年の作家の旺盛なエネルギーは縦横無尽で、

生と死、健康と病気、精神と肉体、善と悪などの

本来不可分のあらゆるものを、

自由と放逸、博愛と偽善、革命とテロリズムなどの

似て非なるあらゆるものを、

また神学や哲学について、宗教や歴史について、

音楽や芸術について、思想や政治について、

フリーメイスンやイェズス会の何たるかについて、

そのほか思いつくまま、思いつくかぎりを、

詰めこめるだけ詰めこんだという印象だった。

 

国際サナトリウム「ベルクホーフ」の

いわくありげなふたりの医師と看護婦たちや、

ドイツ、イタリア、ロシア、イギリス、スウェーデン

スイス、オランダ、メキシコ、中国などの各国から集まった

個性豊かな療養患者等の描写が、実に鮮やかで楽しい。

なかでも、主人公の教育者的な役割を演じる

セテムブリーニとナフタの間で交わされる

非常に観念的で弁証法的な議論は、質量ともに圧倒的で、

こと世界大戦によって作家が通過しなければならなかった

多分に政治的な自己究明の軌跡が反映されているようで、

感慨深かった。

 

また幾つかの印象的なドラマが彩りを添えつつ

物語を推進してゆくことも小説の醍醐味だろう。

既婚者ショーシャ夫人への恋心が

奇妙な三角四角の恋愛関係に発展したり、

恋敵でありながら尊敬の対象でもあった

大人物ペーペルコルンのまさかの自殺や、

いとこヨーアヒムの勇敢な軍人的な死、

霊媒体質の少女を通しての心霊体験、

セテムブリーニとナフタの決闘などを通して、

物語はいたずらに高揚を辿ってゆくが、

当時のヨーロッパの破局的な情勢と呼応して、

死のなかから愛がうまれることを希求する

ヒューマニックな終結部に救われるようだった。

  

訳者・高橋義孝氏によると、

原文には言語のくすぐりがちりばめられて、

翻訳では表現しきれないニュアンスがかなりあるという。

ともあれ、安定感のある堅実な翻訳により、

標高1600mのイニシエーションの物語「魔の山」を

無事に通過でき、よかった。

 

その後、歴史的な総統となるヒットラー

南ドイツ・バイエルンの別荘の呼称「ベルクホーフ」は、

小説に依っているのだろうか否か、いずれにしても、

第二次大戦において反戦的な立場を貫いたトーマス・マンは、

非常にドイツ的でありながら、ドイツ人である以上に、

リベラルな国際人あるいは地球人であったのだ。

 

たとえば、地球は丸い、というなんでもことが、

「Der Zauberberg/魔の山」の洗礼を受けて、

どことなく形而上的な意味を帯びてくるようだから、

小説の魔力は深遠だ。