染井吉野が葉桜になりかけ、八重桜が満開に近い頃、
昨年11月にオープンした、すみだ北斎美術館へ行った。
江戸時代後期の絵師・葛飾北斎/1760-1849の
ほぼ生誕の地に新設されたという美術館は、
JR両国駅からほど近い緑町公園の一角にあった。
一説によると北斎は
89年の生涯に93回も引っ越しをしたそうだが、
そのほとんどを墨田の地で過ごしたという。
画家ゆかりの地に建つ
建築家・妹島和代/せじまかずよによる現代的な美術館は、
様々な遊具が点在する公園と交わっていることが特徴的で、
地上4F・地下1F建ての中規模の建物は、
下町の景観にほどよくとけこんでいるという印象だった。
銀色のメタリックなのっぺりとした外観は、
おおよそ立方体のシルエットだが、なんとも不定形で、
所々に鋭角なスリットやカットが施され、
特にエントランスにあたる1F部分は、まちまちに4分割されている。
そのトンネルのような縦長三角形の割れ目から内部へ分け入ると、
透明なガラス壁の向こうに、それぞれ、
美術館の入口・図書室・講義室・バックヤードが配され、
それとなく四方/東西南北へ通り抜けられるよう設計されていた。
その日は常設展示室/4Fの一角のみのオープンで、
照明を落とした漆黒の展示室には、北斎の画業を一覧するべく、
所蔵作品の高精度レプリカや、
詳細なタッチパネル式の解説が並んでいた。
同行した友人は「個人コレクターレヴェルの作品で物足りない」と
早々に退室したようだが、身近なようで疎遠な画家について、
理解を深める時間は楽しかった。
また英文の解説を熱心に読んでいる外国の人々が印象的だったが、
彼らには、母国の我々には見えないものが
見えているのかもしれないと思った。
B1Fはコインロッカーとお手洗いに充てられ、
特にお手洗いは館内の規模にくらべて
ずいぶんとゆったりした造りであることに共感した。
企画展示室は
3Fおよび4Fの一角に配されているようなので、
またいずれ来館したい、新鮮な建築空間だった。
その日は風の強い日だったが、
向かいの公園では親子連れが所狭しと遊び、
週末らしい賑わいをみせていた。
はじめて訪れた場所だったので、
もともと人の集まる公園だったのか、
美術館の存在によって公園も活性化されたのかは分らなかったが、
桜の花吹雪が舞うなかで、子どもたちの歓声や泣声は、
まるで幸福の象徴のように感じられた。
人間の営みの本質は、
北斎の生きた江戸時代も、いつかの未来も、
そう変わりはないのだろう。
同時に、刻々と変化する現代の様式を楽しむこともまた
かけがえのないことなのだろう。