クリスチャン・ボルタンスキー アニミタスーさざめく亡霊たち

美術作家クリスチャン・ボルタンスキーの

東京での初個展「アニミタスーさざめく亡霊たち」を

目黒の東京都庭園美術館で観た。

 

クリスチャン・ボルタンスキー/1944ーは

匿名の人々の生や死をモチーフとした

ホロコーストを連想させる作品群や、心臓音のアーカイブなどの

インスタレーション/空間芸術で知られるフランスの作家だ。

 

「アニミタス/小さな死」と題された本展は、

美術館として公開しながら保存されている歴史的建築物との

コラボレーション的な展覧会という印象で、

本館/旧朝香宮邸に3点、

新館/ホワイトキューブに3点の作品が展示されていた。

 

往年はパブリックスペースとして機能した、優雅な大広間・

応接室・大客室・大食堂などが配さた本館1階では、

観覧者があるポイントに接すると、センサーライトのごとく、

ランダムで脈絡のない音声によるセリフが流れ、

不在の存在を喚起させられるようだった。

「そのネックレス、本当によくお似合い」

「なんて言っていいかわからなかったから」

「わたしの声が、聞こえますか?」

などの30種のセンテンスが、

あちらこちらで立ち現れては消えていくさまは、

まさに「さざめく亡霊たち」だろう。

 

プライベートスペースとして設計された本館2階の

居間と寝室には、1984年以降作りつづけられているという

影絵を用いた不気味でユーモラスな「影の劇場」が、

書庫には、採集された心臓音が、赤い電球の点滅とともに、

規則的にときに変則的に大きく鳴り響いていた。

瀬戸内海・豊島/てしまのアーカイブからの12人の心音だそうだが、

現地では心臓音の登録/1540円もでき、

作家には巡礼地や聖地を、

また物語や神話を作るという意図もあるようだが、

それらのパロディとしての一面についても考察させられた。

 

朝香宮邸は、1933年/昭和8年に建てられた

華麗なアール・デコ/1925年様式の洋館で、

宮家の自邸として、首相官邸として、迎賓館として

時代ごとに遍歴を重ねた国指定の重要文化財でもある。

そのため展示方法に制限があり、

作家にとっては必ずしも仕事をしやすい場所ではないようだが、

条件と表現をユニークに融合させているところに好感をもった。

また、多彩な室内装飾にフォーカスした「アール・デコの花弁」展も

同時開催されているため、見どころは尽きなかった。

 

一方、写真家・杉本博氏をアドバイザーとして

2014年に新築された新館の2つのギャラリーでは、

古着の山を金色のエマージェンシー・ブランケットが覆う「帰郷」/2016年と、

その山を取り囲むように、

証明写真からクローズアップされた匿名の人々の目元を

薄く透ける白布にプリントし天井から吊した「眼差し」/2013年が展示され、

何かを告発しているようだったが、それが何であるかは重要ではないのだろう。

また、干し草/イネ科のチモシーが床の一部に敷かれ

その香りがたちこめるもうひとつの展示室では、

チリのアタカマ砂漠に600個の風鈴を設置した「アニミタス」/2015年と、

豊島の山中の森に400個超の風鈴を設置した「ささやきの森」/2016年が、

ヴィデオで再生されていた。

「地球上でもっとも乾燥しているから星座がはっきりみえる高地の砂漠なんだって、

風鈴はボルタンスキーが生まれた時の星の配置になっているんだって」

「へぇ~そんなこといわれても~笑」とキャプションを眺めながら

会話している女学生たちがキュートだった。

 

美術館を後に、隣接する自然教育園を散策し、

落ち葉でいっぱいの遊歩道を歩く。

さくさくと足音が響き渡り、

枯葉の濃厚な香りに包まれ、気持ちよい。

 

自然教育園一帯は、縄文時代中期に人が住みつき、

室町時代には豪族・白金長者が屋敷を構えたといわれ、

江戸時代には高松藩主/松平讃岐守頼重の下屋敷となり、

明治時代には陸海軍の火薬庫として、

大正時代には宮内省の白金御料地として、

歴史を重ねた土地であるという。

ボルタンスキーの「さざめく亡霊たち」ではないけれど、

もののけたちが住んでいても不思議ではないような豊かな森だ。

姿のみえない無数の野鳥の鳴き声がこだましていた。

 

鮮やかに黄色に染まったイチョウが

透明な秋の太陽をうけてきらきらと輝く

とりわけよく晴れた日の午後だった。