映画 ココ、言葉を話すゴリラ | バーベット・シュローダー

「ココ、言葉を話すゴリラ/Koko le gorille qui parle」を

銀座メゾンエルメスのル・ステュディオで観た。

 

おもにフランスおよびアメリカで活躍する

映画界のプロデューサー・監督・俳優である

バーベット・シュローダーが

1978年に監督したドキュメンタリー作品で、

手話をあやつるローランドゴリラとヒトとの

種をこえた交流あるいは研究の物語だ。

 

1971年にサンフランシスコの動物園で生まれたゴリラのココは、

生後まもなく手話を習得しはじめ、

撮影当時、350の単語をつかいこなし、

500以上の単語を理解することができたという。

スタンフォード大学で心理学を専攻していたペニー・パターソンは、

心理学者ベアトリクスとアレンのガードナー夫妻の研究のもとに

ココに手話を教えているが、

その交流は心からのもののようで、感動的でもある。

やがて動物園からココの返却を求められるが、

1976年にゴリラ財団を設立して研究・保護を続け、

現在も45歳になったココとパターソン博士との

運命的な友情は続いているようだ。

 

ココのコミュニケーションはときにユニークで興味深い。

硬くなったパンを「石のクッキー」、

パイプでたしなむ葉タバコを「パイプフード」、

ネコの写真をみて「トラ」、と表現をする。

 

手話で「くすぐって」と自分の体を指して要求し、

くすぐると大喜びをし、「もうおしまい」と告げると、

「もっとくすぐって」と催促する姿は、

まるでヒトの子供のようだ。

 

それらの類まれな交流に、

ほほえましさと同時に、ある種の違和感を覚えたのは、

ひとつには、ココが声を発することなく、

手話という沈黙のコミュニケーションをとる一方で、

パターソン女史は手話と同時に話し言葉を用いて働きかけるため、

一方的・威圧的に感じられたということがあるかもしれない。

それは研究の本質と通じているともいえるだろう。

 

また、追いかけっこをしようと誘うココと、

それらに応じきれないヒトとの、

身体能力のギャップも、印象的だった。

 

車にのり、郊外の広い丘に遊びに行く。

手綱を解き、のびのびと樹々の間を

アクロバティックに動き回るココの姿は、野生そのものにみえる。

やがて、帰るために車へ向かう人々のあとを、

その自由意思でついてゆき、自ら乗車するココの後ろ姿は、

ほとんどヒトと同化している。

 

ゴリラのココの幸福は

私たちヒトの幸福の尺度では計れないが、

それでも彼女が幸福であることを願わずにはいられない、

ニュートラルな、やさしい映画だった。