陽射しはつよいが風のきもちよい午後、
北区西ヶ原の旧古河庭園と洋館/大谷美術館へ行った。
国指定名勝として東京都が管理している庭園は
バラの見どころとして知られ
春と秋のシーズンは混雑しているようだが、
その日は休日にもかかわらず、
ゆったりとした時間が流れていた。
高低差のある敷地30780㎡は
台地・斜面・低地にまたがる地形を活かした
立体的で彫塑的な庭園という印象だった。
小高い丘に建つ石造りの洋館から見渡す
斜面に配された洋風庭園と、低地にひろがる日本庭園は、
それぞれが自律しつつ、ほどよく調和していた。
かつては借景として、
庭園のはるか彼方に富士が望まれたときき、
目を閉じて、イメージしてみる。
明治の頃には、
政治家・陸奥宗光/むつむねみつの邸宅であったそうだが、
足尾銅山などの事業を成した財閥・古河家の土地となったという。
建築家ジョサイア・コンドル設計による洋館/大谷美術館は、
三代目当主にあたる古河虎之助が1917年/大正6年に建てたもので、
関東大震災や戦争をくぐりぬけ、築99年になるにもかかわらず、
床が軋むことも、くたびれた雰囲気もなく、良好に保存されていた。
所有権をめぐる複雑な事情から、戦後30年ほど放置され、
現在は洋館にかぎり大谷美術館が管理・運営し、
見学を制限していることも幸いしているのかもしれない。
イギリス人のジョサイア・コンドル/1852‐1920は
25歳で招聘され来日して以来、生涯を日本で過ごし、
近代建築の創成期に重要な仕事をした建築家だ。
現存する旧岩崎邸や、レプリカではあるものの三菱一号館などで
その仕事に触れることができるが、
旧古河虎之助邸はコンドルの遺作として、
また洋館2Fの居住空間にユニークに和室が組み込まれている構造が
当時の文化状況を偲ばせるようで、とても興味深い。
同じくコンドルの設計による洋風庭園と、
京都の庭師・植治こと
七代目小川治兵衛/おがわじへいによる日本庭園を堪能し、
現在は喫茶室として開放されている
洋館1Fの応接室・小食堂・大食堂のうち、
深紅のビロードの壁紙が華やかな大食堂で、ひと息つく。
さわやかな風が北から南へ、丘のうえの洋館を通り抜ける。
どこかイングマール・ベルイマンの映画「叫びとささやき」の
赤の部屋を彷彿とさせる幻想的な空間のなかで、
しばしまどろむ、盛夏の昼下がりだった。