冬の名残と春の陽気が交差する3月の上旬に
山陰の島根・鳥取へ小旅行をした。
玉造と三朝の温泉に宿泊するという
駆け足のバス旅行だったが、
はじめて訪れた山陰地方は、
寒気の影響から薄灰色の雨雲に覆われて、
ひっそりとしていた。
海の近くだからだろうか、風が強く、
60年毎に行われる遷宮をほぼ終えて、
新装されたばかりということだったが、
虚飾の感じられぬ、さっぱりとした佇まいが美しかった。
なだらかな勾配をもつ長い参道に、
石・木・鉄・銅と素材の異なる4つの鳥居がたち、
とくに左右に松の植えられた参道が印象的だった。
8世紀頃に記されたとされる歴史書「古事記」にも
記述のみられるという大社は、
時の経過とともにいっそう輝きをます、神話そのものだ。
庭園が名高い足立美術館では、
また北大路魯山人の手掛けた器や調度に、
「細民の美食から大名の悪食までに通じていなくては、
一人前の料理人とはいい難い。」という魯山人節を楽しんだ。
徹底的に設計され整備された庭園は館内から鑑賞する大作品で、
郊外という立地も手伝って、都の寺院などでは望んでも得られぬ借景が
悠々と保たれているところが稀有と感じた。
宍道湖畔の城下町・松江では 、
城の内濠沿いに軒を連ねる武家屋敷と老松の並木が
美観をなす塩見縄手/しおみなわてや、
7代藩主で茶人でもあった松平不昧公/ふまいこうによって
1779年/安永8年に建てられ、後に移築された
茶室・明々庵/めいめいあんを訪れた。
厚いかやぶきの屋根に黄土色の土壁の
ゆかりの庵を目前にお抹茶をいただきたかったが、
早朝であったため喫茶の時間外ということで叶わなかった。
また、茶の湯とともに根付いている和菓子をお土産にと
楽しみにしていたのだが、銘菓といわれるそれらの多くには、
赤色2号・黄色4号・青色1号といった
着色料が使用されていたので、ひるんでしまった。
不昧公の頃も、おなじように着色していたのだろうか。
県立美術館の閉館時間が一定ではなく、
日没後30分という、素敵な文化をもつ水の都は、
しっとりとした空気が心地よい、雨の松江だった。
県の最東端の美保関/みほのせきは、
江戸時代に多くの商船が往来した関所であった小さな港町で、
まるで時がとまったような鄙びた風情が新鮮だった。
高台にある美保神社は、
二柱/ふたはしらの神様を祀るため
本殿がふたつ並んでいる珍しい古社で、
森閑とした大樹に囲まれた、朗らかで美しい神社だった。
また、えびす様の総本宮でもあり、
えびす様である事代主神/ことしろぬしのかみは、
両社を参拝することを親子参りというそうだ。
風が舞い雪が踊ったかと思うと太陽がふりそそぐ、
不思議な天の気だった。
湖へと注ぐささやかな玉湯川の両岸に旅館がならぶ
こじんまりとした温泉街で、歴史のある古湯ということだ。
8世頃に記され、ほぼ完全なかたちで伝承されているという
「出雲国風土記」にも記述がみられるそうだから、
八百万の神々も湯あみされたかもしれない。
源泉59.4℃という低張性弱アルカリ高温泉は、
絹のようにきめが細かくなめらかで、
無色透明・無臭のさらさらとした湯ざわりが、心地よい。
はらはらと雪の舞い散る露天風呂では、
居合わせた各地からの旅人との一期一会の談話に
旅情が募るようで、とりわけ近畿特有の
はんなりとした語調が花を添えているようだった。
寒さに凍えた身体がぽっぽと芯から温まり、
新鮮なお魚、鯛めしなどを美味しくいただき、
お水がよいところはお料理も美味しいと、感じ入る。
どこか、
原始の歴史をもつ矜持の感じられる、島根だった。